山本耀司（ファッションデザイナー）

こんなにつらい人生、さっさと終わらせたいと思って生きてきた。もちろん自殺するつもりなど毛頭ない。残された家族が悲しむだろうから。 生まれながらの反逆児―― 黒光りする爆弾を心の奥にそっと忍ばせ、世の中にはびこる権威や偏見、慣習とやらを木っ端みじんにぶっ壊してやろうと夢想し続けてきた。 ひょんな偶然からファッションデザイナーの道を歩むようになるが、もし、そうでなかったら、今ごろ犯罪者として刑務所に

太平洋戦争の戦況が日増しに厳しくなってきた1943年10月3日。私は父・山本文雄、母・冨美の長男として生まれた。父は東京・新宿の歌舞伎町で百貨店に総菜を卸す会社の経営者。母はその経理や事務作業を手伝っていた。 私が生まれたのは花園神社の脇にあった病院。頭の大きな逆子でかなりの難産だったそうだ。産後、母は高熱を出して2週間ほど床に伏せっていたらしい。耀司という名前は父が付けた。由来は知らない。後に

今の東京・歌舞伎町は華やかなネオンがきらめく近代的な繁華街だが、終戦直後は雨が降れば泥道がぬかるみ、雑草が生い茂る野原が所々に残っていた。闇市が形成され、食料や衣類など生活物資を求める群衆が各地からドッと押し寄せる。街は復興を支える力強い活気に沸いていた。 母が開いたフミ洋装店は1956年末に建設される新宿コマ劇場（2008年末閉館）のはす向かいにあった。歌舞伎町のど真ん中である。仕事場の隣に狭

戦後、東京・歌舞伎町で闇の世界を牛耳っていたのは「最後の任侠（にんきょう）」と呼ばれた尾津喜之助が率いる関東尾津組だった。その長女の豊子さんは私と同世代。幾つかの映画に子役として出演していた。 木下恵介監督の「二十四の瞳」は瀬戸内海の分校を舞台に女教師と生徒の触れ合いや戦争に翻弄される悲劇を描いた不朽の名作である。その主役の女教師を高峰秀子さんが演じ、豊子さんは旧家のお嬢さん役で出演していた。

試験がどんな内容だったかよく覚えていない。受験生は2人。もう1人も山本という少年だった。幸い空席があったせいか、ともに入学が認められ、1955年、私は暁星小学校の6年生になった。 東京・九段にある暁星は裕福な家庭の子弟が通う「お坊ちゃん学校」として知られる。ピカピカに輝く金ボタンが付いた制服はフランスの士官学校服がモデル。私は真新しい詰め襟に学帽、革靴を身に着け、毎日、都電に乗って角筈から九段上

1959年から60年にかけて全国で安保闘争の嵐が吹き荒れていた。国会を学生や市民らによるデモ隊が取り囲み、東大生の樺美智子さんが圧死する事件も起きる。学生運動は高校にも広がった。 父を戦争で失い、反権力・平和への思いは私も人一倍強かったと思う。だがデモ隊に参加する気持ちにはどうしてもなれなかった。暴力を伴う学生運動には一貫して冷ややかな視線を送っていた。 もし抵抗するなら、揺るぎない信念で一生か

慶応受験を決めたが、芸術への未練もあったのだろう。試しに東京芸術大も受けてみたくなった。絵画科はとても歯が立ちそうもないので工芸科を受けることにした。 準備期間は8カ月。芸大は2次試験まで何とか突破できたが、不運にも次の試験日が慶応と重なってしまった。 慶応か？　芸大か？ 随分迷ったが、一人息子を抱えて洋装店で懸命に働く母親の背中を見ていたら、将来の保障がない芸術家の道を歩む気持ちになれなかった

大学3、4年になると、通常は就職活動で忙しくなる。だが私は社会に参加する気になれなかった。慶応の友人には老舗店や有名企業などの跡継ぎが多く、スタートラインがまるで違う。まともに競争してもかなうわけがない。 （では、旅に出よう！） ムシャクシャするので就職活動が始まる頃を見計らい、約3カ月、世界を放浪することにした。アルバイトでお金を貯（た）め、残りは母に工面してもらった。勇気が要る決断だったと思

放浪の旅から帰国すると、周囲の学生は就職先が決まっていた。だが私は就職するつもりもなく、もっとモラトリアム（返済猶予）が欲しかった。できるだけ学生を続けたかったのだ。そこで思い切って母親に打ち明けてみた。 「母さんの洋装店を手伝おうかと思っているんだ……」 その瞬間、母の顔に驚きと落胆の色が浮かんだ。そして硬い表情で貝のように黙ったまま何も話さなくなった。私の顔すら見ようとしない。 夫が戦死した

文化服装学院デザイン科で私は「コンテスト荒らし」として鳴らした。デザイナーの卵を対象としたコンテストが幾つもあり、優勝・入賞の常連だったからだ。賞金が出るので小遣い稼ぎにもなる。 そんなコンテストの中で最も権威が高いのが装苑賞だった。文化服装学院（文化出版局）が出版する雑誌「装苑」の創刊20周年を記念して創設。コシノジュンコさん、高田賢三さんらも受賞した実績があり、新人デザイナーの登竜門に位置付