「未治療死」6000人の危機

首都直下地震、医療が足りない

死者・行方不明者約1万8千人を出した東日本大震災では、医療機関が大きな打撃を受け、適切な治療を受けられずに亡くなる人が相次いだ。今後発生が見込まれる首都直下地震では約6600人の「未治療死」が発生するとの試算もある。震災から11日で12年。一人でも多くの命を救うには災害派遣医療チーム(DMAT)の増強など巨大地震への対策強化が欠かせない。

首都直下地震 未治療死6638人の試算

首都直下地震は今後30年以内の発生確率が70%とされ、マグニチュード(M)7クラスと想定される。日本医科大の布施明教授らやデータ分析を手掛ける「ブレインパッド」の共同研究チームは昨年8月、入院や集中治療が必要となる重傷者が発災9日目までに適切な治療を受けられずに死亡するケースを「未治療死」とし、その数を試算した。

国が2004年に公表した首都直下地震の被害想定のうち、最悪の被害が想定される東京湾北部地震をもとに都内の重傷者を約2万1500人とした試算では、約1万4800人が災害拠点病院などへの入院や都外への広域搬送などの処置を受けられるが、6638人(30.9%)が治療を受けられずに死に至る結果となった。特に未治療死が集中するのは木造密集地域だ。6638人の9割近くは23区の東北部(荒川区、足立区、葛飾区)と東部(墨田区、江東区、江戸川区)が占めた。

届かぬ救急医療、DMAT充足率34.5%

DMAT不足は大きな課題の一つだ。DMATは災害や事故が発生した際、現場で活動する医療チーム。1チームは専門的な訓練を受けた医師や看護師ら4人程度で構成され、発災48時間以内に現場に駆けつける。初期治療の遅れで約500人が死亡したとされる阪神大震災(1995年)を機に2005年に発足した。

22年4月時点で全国で1万5862人が登録しているが、今後30年以内の発生確率が70〜80%とされる南海トラフ巨大地震(M8〜9クラス)でも、DMATが圧倒的に不足するとの試算がある。

藤沢市民病院(神奈川県藤沢市)副院長、阿南英明医師らの研究チームは昨年6月、南海トラフ巨大地震で甚大な被害が予想される静岡や愛知、徳島、高知などの10県を対象にDMATの必要数を試算した。

試算では10県全域が被災し、現場の指揮を執る本部や災害拠点病院、診療を続けられなくなった病院の支援にDMATを派遣すると仮定した。その結果、10県で必要となるDMATは少なくとも1738チーム。だが実際に被災地で活動できるのは34.5%の599チームにとどまった。

命救う「地域ぐるみの初期対応」

大規模災害時にはDMATなどが被災地に到着するまで数日かかるケースも想定される。「防ぎ得た死」を少しでも減らすために、住民自らが傷病者の治療の優先順位をつける「市民トリアージ」という考えを実践する地域もある。

静岡県掛川市では、掛川東病院の安田清医師が理事長を務めるNPO法人「災害・医療・町づくり」が市民トリアージの普及活動に取り組んでいる。簡易な判定表を作り、訓練を重ねる中で改良を進め、医療従事者ではない住民でもトリアージを実践できるよう工夫した。搬送された医療機関では医師が重症度を判断する。

安田医師は「大規模災害では、現場に駆けつけられる医師が少ない状況が生まれる。本当に医療が必要な人を効率的に医療機関につなぐためには、市民の力が必要になる」と話す。


取材・記事
木村梨香、勝見莉於
映像
高橋丈三郎