スーパーシュートが出やすい? サッカーW杯公式球に迫る

サッカーのワールドカップ(W杯)カタール大会が20日、いよいよ開幕する。世界的な有名選手のドリブルやシュートはもちろん、歴史に残る名場面にも出合えるかもしれず、見どころは満載だろう。さらに観戦の楽しみを広げるため、ボールに注目してみてはどうだろうか。華麗なプレーにはその性能が一役買っているかもしれない。今大会の公式球は「アル・リフラ」。アラビア語で「旅」を意味するこのボールは果たしてどのような特徴を持つのか。メーカーと大学の研究施設を訪ねた。



公式球史上、屈指のスピード

W杯の公式球は1970年のメキシコ大会からアディダスが開発してきた。同大会の「テルスター」から数えるとアル・リフラは14個目となる。この約50年、防水性の向上や空気抵抗の改善など公式球は進化を重ねてきた。では、アル・リフラはどう進化したのか。アディダス・ジャパンはスピードとカーブを挙げた。「パネルの枚数や形状、空気が通り抜ける道となる溝など複数の要素が空気抵抗を減らし、屈指のスピードが出る」と説明するのは同社マネージャーの高橋慶多さん。表面に施した凹凸がスパイクとの摩擦を生み、カーブもかかりやすくなったという。

「今大会はスーパーミドルシュートが生まれやすいだろう」。こう推測するのは長年、W杯の公式球を分析してきた筑波大学の浅井武名誉教授だ。空気の流れを再現する風洞実験装置でアル・リフラの特性を測定したところ、2018年ロシア大会の「テルスター18」に比べ、ボール表面の粗さを示す値は大きくなっているものの、低速から高速までさまざまなボールスピードで平均的に空気抵抗が少ないことが分かった。「パスもシュートもよく飛ぶとともに、表面の粗さからカーブがかかりやすいボールだと分析できる」と同教授。アディダスの見解を裏付ける結果となった。



オフサイド判定もサポート

実際に試合で使用するアル・リフラには、オフサイド判定をサポートするセンサーが内部に搭載される。1秒間に500回、ボールの位置データをビデオオペレーションルームに送信することで、選手のキックポイントが正確に検出される。加えて、スタジアム上部に設置した12台の高性能カメラがボールや選手の手足の動きを細かく追尾。それらのデータを組み合わせた上で人工知能(AI)を用い、オフサイドの場合は映像担当の審判員に自動的に通知する。前回のロシア大会で導入したビデオ・アシスタント・レフェリー(VAR)とともに、判定の精度とスピードを上げることにつなげる。アル・リフラはこの技術を採用した初の公式球となる。



写真で振り返る公式球

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1930年 ウルグアイ大会

第1回大会は牛革を縫い合わせたボールだった。色は革そのものの茶色。国際サッカー連盟(FIFA)はボールの規定を定めておらず、決勝に進出したウルグアイとアルゼンチンはお互いに使いたいボールを主張し譲らず。前後半でボールを替えることで落着した。以降の大会も同様のボールが使われた。

1970年 メキシコ大会
テルスター

黒の正五角形と白の正六角形のパネルで表面を覆ったボール。多くの人がW杯をテレビで見るようになり、画面を通しても見やすいデザインに。「テレビジョン」時代の「スター(星)」が名前の由来だ。

1986年 メキシコ大会
アステカ

それまでパネルは天然皮革だったが、初めて人工皮革を採用。防水性と耐久性が増し、プレーの安定性が向上した。デザインは古代アステカ文明の歴史を表現。

1994年 アメリカ大会
クエストラ

宇宙を駆け巡る星をイメージしたデザインは、蹴り出される瞬間のスピードを表現。

2002年 日韓大会
フィーバーノヴァ

「フィーバー」はW杯に注がれる世界中の人たちの熱気、「ノヴァ」は新星を意味する。日韓両国にインスピレーションを得たデザインは「TRIGON(トライゴン)」と名付けられた。

2006年 ドイツ大会
+チームガイスト

パネルの接合を手縫いから熱圧着に変更。これに伴いパネル枚数はフィーバーノヴァの32枚から14枚に。真球に近づけることで空気抵抗が改善し、ボールスピードが向上、キックの正確性も高まった。

2010年 南アフリカ大会
ジャブラニ

パネル枚数はさらに減り8枚に。ブレやすいと話題になった。日本対デンマーク戦、本田圭佑選手の無回転シュートでネットを揺らしたのもこのボールだ。

2014年 ブラジル大会
ブラズーカ

パネル枚数はこれまでの公式球の中で最少の6枚に。前回大会のジャブラニよりブレが改善された。

2018年 ロシア大会
テルスター18

1970年メキシコ大会の「テルスター」よりインスピレーションを得ており、ピクセル(正方形柄)が組み合わされたようなデザインはデジタル時代を象徴。

2022年 カタール大会
アル・リフラ

ボールの特徴は試合結果を左右するかもしれない。アル・リフラはプレーにどう影響するだろうか。世界中のサッカーファンがこのボールの行方を見守り、熱狂、興奮、歓喜するとともに、はたまた落胆もする。見る者を異世界にいざなう祭典はいよいよキックオフだ。

取材・記事
上間孝司

映像
大須賀亮