里見香奈が女性初の「棋士」へ挑戦 「女流」との違いは?

将棋の里見香奈女流五冠(30)はプロ棋士編入試験の第3局に敗れ、3連敗となり不合格となった。将棋界には男女を問わない「棋士」と女性だけが対象の「女流棋士」の2種のプロ資格があり、棋士になった女性はまだいない。棋士と女流棋士はそもそも何が違うのか、挑戦する里見女流五冠はどんな人物なのか、得意とするゴキゲン中飛車とはどんな戦法なのか、グラフィックスを交えながら解説する。

TOPIC 1

棋士と女流の違いは?収入は?

棋士になるにはまず養成機関である「奨励会」にテストを受けて入る。男女どちらにも門戸は開かれているが、入会後は厳しい年齢制限がありプロとなる四段に昇段できる人数はごくわずかだ。女性で奨励会を突破して棋士になった人はいない。プロの一歩手前である三段に昇段したのも里見と西山朋佳女流二冠、中七海三段の3人しかいない。半年かけて戦う三段リーグで成績上位になればプロとなれるが26歳の年齢制限がある。里見は年齢制限で、西山は25歳で退会した。

里見は2022年、棋士との公式戦で一定の成績を収めたため、プロの編入試験を受けられる資格を得た。また、9月には奨励会に在籍経験のないアマチュア強豪の小山怜央さん(29)も一定の成績を収め資格を獲得。11月から試験が始まる。現在、四段以上の棋士は約170人いる。

女流棋士になるには「研修会」に入り、一定の成績を収めると女流2級の資格を得て女流棋士としてプロとなる。ただし、女流限定の棋戦にしか参加できず収入も大きく異なる。女流の最高賞金のタイトルは20年に始まった「白玲」で優勝賞金は1500万円。棋士は「竜王」の優勝賞金は4400万円あり、約3倍の差がある。棋士の公式戦にも基本的に出場できず、タイトル保持者ら数人が限定的な参加を認められている。




TOPIC 2

女流棋士の存在感高まる

女流棋士制度は1974年に誕生。発足当初の女流棋士はわずか6人、タイトル戦も1つという状況だった。現在の女流棋士の人数は70人を超え、中にはポーランド出身のプロもいる。タイトル戦も8つにまで増えた。

81年、女流棋士が初めて限定的に一般の棋戦に参加できるようになったが、棋士にはなかなか勝てなかった。93年に中井広恵女流名人(当時)が竜王戦の予選で初勝利するまで38連敗していた。だが、ここ数年は里見や西山らの活躍で棋士との対局でも勝利が増えている。西山は2020年に三段リーグで3位に入り、もう一度3位の成績をとれば棋士になれたが、25歳で退会した。




TOPIC 3

里見女流五冠プロフィル ゴキゲン中飛車とは

里見女流五冠は中学1年で女流2級としてプロデビューした後、16歳8カ月で初のタイトルを獲得し注目を集めた。11年には奨励会の試験に合格、女流棋士としての活動も続けながら腕を磨いた。21歳で女性初の三段に昇段したが、四段に上がれず一度は棋士の道が途絶えた。現在は8つある女流タイトルのうち5つを持ち、22年6月には叡王戦挑戦者で藤井聡太五冠と五番勝負を戦った出口若武六段を公式戦で破るなど好調だ。得意の戦型は振り飛車だ。

里見香奈女流五冠はどんな人?

得意な振り飛車戦法の中でも編入試験1局目の徳田拳士四段との対局でも採用した「ゴキゲン中飛車」(ゴキ中)を好んで指す。中飛車や四間飛車などの振り飛車を指す場合、角の駒を交換されるのを避けるのが良しとされているが、ゴキ中は角交換を気にせずに攻撃を仕掛けていく。ユニークな名称の戦法は近藤正和七段が創案し、命名者は当時将棋連盟の雑誌編集長だった作家の大崎善生氏。名前の由来は「近藤君はいつ見てもご機嫌な男だ。だからゴキゲン中飛車でどうか」(※1)との大崎氏の一言による。ゴキ中は新手や新戦法を編み出した棋士に与えられる01年度の升田幸三賞を受賞した。今でもプロアマ問わず人気の戦法だ。



TOPIC 4

編入試験に合格したらどうなる?

棋士への編入試験は06年に制度化された。前年に瀬川晶司六段が特例の試験に合格したためだ。アマチュアの強豪や女流棋士は公式戦で10勝し勝率が6割5分以上の成績を残すと受験資格が得られる。試験は5局で3勝挙げると棋士(四段)になり、フリークラスとして活動する。一定の成績を収めると名人戦の予選となる順位戦にも参加できる。女流棋士としての活動の両立も可能で、日本将棋連盟は19年に女性の棋士誕生を想定して兼務可能を決めている。

編入試験で2局目に対戦した岡部四段、4局目に対戦する横山友紀四段とは奨励会三段時代に対局した経験があり、岡部四段には敗れ、横山四段には勝っている。3局目の狩山幹生四段には21年の竜王戦予選で敗れ、5局目の高田明浩四段には同年の王座戦予選で勝った経験がある。



TOPIC 5

囲碁界では女性が大活躍

囲碁界ではプロ入りの際に女性の限定枠があるが、その後の待遇は男性と同じで一般棋戦でしのぎを削るほか、将棋と同じような女性限定の棋戦もある。国内に約500人いる棋士のうち、2割にあたる約100人が女性だ。その中で藤沢里菜女流本因坊は21年、井山裕太王座らトップ棋士が参加する七大タイトルの一つ「十段戦」で女性初のベスト8に、上野愛咲美女流棋聖は女性初の年間最多勝に輝いた。仲邑菫二段は22年6月、13歳3カ月の最年少で100勝を達成した。

囲碁界には女流棋士制度はない

昔から囲碁は男性との実力差が少ないといわれていたが、最近の女性棋士の活躍はより際立っている。里見女流五冠は7月の記者会見で「隣の囲碁界では男女関係なく拮抗している印象で、私自身刺激になっている」と話していた。

グラフィックス 竹林香織

※1 参考文献 先崎学「先崎学の浮いたり沈んだり」