ちらつく「新枢軸」の影
矛盾許されぬ大国外交、中ロの絆切れず

大中国の時代
次なる危機⑤

中ロ国境を結ぶ橋の近くにある博物館には中ロ首脳が握手する写真が掲げられている

中国が向き合う懸案は台湾問題に限らない。ウクライナ危機で苦慮するのは世界と同じだ。

ロシアがウクライナに侵攻した2月24日。在ウクライナ中国大使館が即座に注意を呼びかけた。「車で移動する際は車体の目立つところに中国国旗を張ってください」

6千人超いる在留中国人に向けた。ウクライナは習近平(シー・ジンピン)政権の広域経済圏構想「一帯一路」の要所だ。欧州に至る貨物輸送の結節点であり、農業や通信など現地投資を積み増してきた。普及するコロナワクチンも中国製が多い。

ウクライナとロシアとの橋渡しを担えると自信があった。

ウクライナは中欧間の貨物輸送の要と期待されてきた(在ウクライナ中国大使館のSNSより)

しかし2日後、大使館は方針を一変させる。「中国国民は身分を明かしてはいけない」。主要国が相次ぎ非難を強めるなか、中国はロシアをかばうような言動を繰り返す。厳しい情報統制を敷くはずの中国国内では、ウクライナをさげすむようなネット投稿も出回る。一気に現地の反中感情が高まった。

中国は経済だけでなく、国際的な影響力でも米国超えをめざす。習政権は「中国の特色ある大国外交」を掲げ、従来秩序への挑戦を隠さない。ウクライナ危機でも欧米とは距離を置く。

アフリカや太平洋へ、独自外交の手を伸ばすのはその一環だ。だがいまのところ分は悪い。頼みの「強いロシア」が過去になりつつあるからだ。

中国を代表する国際政治学者、清華大国際関係研究院の閻学通院長は6月、記者会見でこう指摘した。「米国はロシアの脅威をもはやイラン、シリア、北朝鮮と同程度にしか見なしていない」

米国も矢継ぎ早に離間策を繰り出す。米上院は7月27日、ロシアを「テロ支援国家」と認めるよう求める決議案を採択した。国務省が承認すればシリア、キューバ、イラン、北朝鮮に続く「新枢軸」にロシアが入る。

プーチン氏を主賓に招いた北京五輪の開会式は世界中に映し出された。近づきすぎた分、重荷も大きくなった。

肝煎りの一帯一路も揺れる。

北京のアジアインフラ投資銀行(AIIB)本部=ロイター

3月、北京のアジアインフラ投資銀行(AIIB)本部。「ロシアとベラルーシ向けの案件は当面保留し、再検討する」。金立群総裁は緊急の行内会議を開き、宣言した。AIIBがロシア支援に動く。そんな噂が駆け巡ったためだ。

米議会では、中国主導のAIIBも制裁対象に加える案が浮上する。ロシア向け融資を増やせば、火の粉がふりかかるかもしれない。機先を制した金氏の発言だった。だが「ロシアは3番目の出資国だ。この先むげにもできない」。AIIB関係者は悩む。

異例の党総書記3期目入りを目前にする習氏は着々と権力を固める。強すぎる「1強」は逆に周囲の思考停止を招く。

「プーチン氏と一緒にされるわけにいかない。早く手を切るべきだ」。3月には党上層部に、政府のアドバイザーである国務院参事室公共政策研究センターの胡偉副理事長が直言したとされる。結果は従来方針の継続だった。

「大国外交」に矛盾は許されない。

ロシアとの国境の町、中国東北部の黒竜江省黒河。6月10日、アムール川(中国名・黒竜江)対岸に延びる道路橋に中国を象徴する無数の赤い旗が翻った。

6月に開通した中ロ国境をつなぐ橋には中国を象徴する紅い旗が翻る(黒竜江省黒河)

ロシアへ年400万トンの貨物と200万人の旅客を運ぶため、約500億円を投じて開通した。近くの博物館には、ロシア大統領府で固く手を握り合う中ロ首脳の写真が掲げられる。

4千キロメートルを超す中ロ国境は長く紛争の火種だった。黒河と向かい合うブラゴベシチェンスク周辺もかつては清王朝の領土だ。それが急速に融和の象徴に変わりつつある。「ロシアは最大の友好国。仲良くしないと米国は個別に撃破してくる」。地元育ちの陳寧さん(53、仮名)は真剣な表情を崩さない。

主従逆転は進み中国によるロシアの経済属国化は現実味を増す。傘の下の衛星国家を陰に陽に支える。そんなどこかで見た風景が繰り返されようとしている。

東京大の松田康博教授は予見する。「中国はロシアという大きな北朝鮮をどこまでも背負わざるを得ない」。大中国の時代はより大きな波乱の幕開けでもある。



習氏「完全独裁」固まるか
コロナに揺れる党大会

盤石にみえる習近平(シー・ジンピン)体制が新型コロナウイルスへの対応に揺れる。今秋に開く中国共産党大会で3期目の党総書記就任を果たしたとしても、習の子飼いの幹部ばかりで最高指導部を固められるかは不透明だ。

5月5日に開かれた2つの重要会議がそれを象徴する。一つは習氏が総書記として主宰した中国共産党の最高指導部にあたる中央政治局常務委員会、もう一つは国務院(政府)が開いた常務会議だ。

習氏は「ゼロコロナ対策」の徹底を指示し「我が国の防疫対策を疑い、否定するあらゆる言動と断固戦う」と言い切った。

3月の全国人民代表大会の開幕式ですれ違う中国の習近平国家主席(左)と李克強首相=ロイター

一方で国務院常務会議で演説した李克強(リー・クォーチャン)首相は現在の経済の苦境を指摘し、減税や融資拡大など中小零細企業への支援策を表明したものの、習氏やゼロコロナへの支持を口にしなかった。

習氏が3期目の党総書記に就任するのは既定路線だがそれで権力闘争が終わったわけではない。新体制をどれほど習色で固められるかの戦いはまだ現在進行形といえる。

2012年からの習氏の総書記1期目は反腐敗闘争の名の下に江沢民(ジアン・ズォーミン)派の排除に全力を注いだ。

曽慶紅元国家副主席の懐刀で石油閥トップといわれた周永康・元党中央政治局常務委員や、次期首相とも目された孫政才・元重慶市党委書記など江派のホープが相次ぎ逮捕された。

2期目は江派幹部らから取り上げた権力や利権の一極集中にまい進した。現在の7人の政治局常務委員は完全に習氏の勢力下とはいえないが真っ向から対抗する者はいない。集団指導体制は有名無実化した。

習氏は党幹部の2世ら「太子党」の一員ではあるが、総書記になるまで自前の勢力は乏しかった。福建省や浙江省、上海市のトップなど歴任したポストで見出した優秀な人材に目をつけ、自身の出世とともに次々と引き上げてきた。

代表例がかつての部下である丁薛祥・党中央弁公庁主任や李強・上海市党委書記、陳敏爾・重慶市党委書記、黄坤明・党中央宣伝部長らだ。習氏ゆかりの地でトップだった李希・広東省党委書記の名も挙がる。

習氏が子飼い幹部らを次の政治局常務委員の候補にするだけでなく、党の慣例を覆し、副首相ですらない彼らの中から強引に首相を選ぶとの観測も広まった。

そんなシナリオを崩したのは新型コロナだ。ゼロコロナ政策は中国経済に致命的な打撃を与え、不満が広がる。

習氏が自身の意向をどこまで通せるかも見通しは不透明になった。遠ざけ続けてきた共青団第1書記出身の胡春華(フー・チュンホア)副首相が再び首相候補に躍り出る可能性もある。

習氏と同様、常務委員の年齢制限の慣習もなくなるなら、胡氏を避けるため、筆頭副首相を務める韓正(ハン・ジョン)氏が常務委員に残り首相に就くシナリオも浮上する。韓氏は上海市出身で習氏系ではないが習氏との関係は良好とされる。

秋の党大会に先立ち、重要な人事は8月に党長老や幹部が集まる「北戴河会議」で固まるとされる。上海の2カ月におよぶロックダウン後も全国で感染拡大は散発し、北戴河会議までに経済回復を演出するのは難しい。水面下での権力闘争がさらに激しくなる局面に入った。

「大中国の時代」取材班 阿部哲也、黄田和宏、島田学、岩崎航、原島大介、伊原健作、綱嶋亨、川手伊織、土居倫之、多部田俊輔、羽田野主、山田遼太郎、木原雄士、渡辺伸、桃井裕理、川上尚志、比奈田悠佑、金子冴月、真鍋和也、西野杏菜、佐藤未乃里、神戸優平、中村裕、小川知世、若杉朋子、本脇賢尚、大塚節雄、松田直樹、小林健、佐藤季司で構成しました。