「悪夢の中かしら」 
ウクライナ女性、緊迫の逃避行

マリーナさんが地図に書き込んだ避難ルート
=一部画像処理しています

ロシアによるウクライナ侵攻で娘と共に日本に避難した、マリーナ・アジーマさん(39)。市民の虐殺が明らかになったブチャに近いキーウ(キエフ)近郊の住まいを離れ、地下室での1カ月を超える過酷な避難生活を経て日本の知り合いを頼った。命懸けの逃避行の軌跡を、証言で追う。



1

キーウ近郊の自宅
2月24日

「何かが起きている」

早朝、マンションに轟音(ごうおん)が響き渡った。何の音か分からない。「何かが起きている」。ベッドから跳び起きた。娘のミラーナは窓から戦闘機を見たと言っている。 テレビをつけたが状況は分からない。

午後になると、複数あったテレビのチャンネルは1つしか映らなくなった。ロシア軍の侵攻は8時のニュースで知った。「21世紀に戦争なんて起きるわけがない」。そう思い込んでいた。家族で夕食をすませ、その日は寝た。

2

キーウ近郊の地下室
2月25日~

「悪夢の中かしら」

翌日、近くのホテルに親戚と一緒に避難した。地下室の大部屋に30人ほどが身を潜めていた。みな口数は少なく黙ったまま。自分たち家族に与えられた2メートル四方のスペースで、毎晩、夫婦が娘を挟むように寝転び、交代で眠った。

爆撃音が毎日のように鳴り響いた。サイレンは1時間おきに鳴った。ウクライナ軍が迎撃したミサイルの破片が飛び散り、建物の外壁やガラスを破壊した。自宅マンションの真向かいの建物も被害を受けた。

キーウ近郊のブチャから逃げてきた人たちを避難所で見た。洋服が汚れて、かび臭い。ホテルでシャワーを浴び、ボランティアに連れられて別の避難所へ向かったと聞いた。

避難している女性たちで炊き出しをした。ボルシチやパスタなど、自分たちや義勇軍向けの食事だ。ハンバーガー店に残された食材を使った。
「この戦争はおかしい、あり得ない」「夢の中かしら」。ホテルのキッチンで、時折そんな言葉をつぶやいた。

ロシア軍との激戦地、イルピンに住む友人から連絡があった。「生きている?」「元気だよ」。敵に余計な情報を与えてしまうかもしれないので、生存確認をするにとどめた。「ロシア軍が来たから、もう連絡できないかも」。詳しい状況をやりとりするのは危険だとお互いが分かっていた。

3

キーウ近郊の地下室
3月31日

「ここでは君たちを守れない」

家族でこれからの将来について話し合った。「自分が死んだら」「夫が死んだら」――。唯一、娘の未来だけが気がかりだった。
「いつか日本に行ってみたい」そんな娘の願いをかなえたい。深夜、日本にいる知人のレナにメッセージを送った。「私のこと覚えていますか」

レナは3年前にキーウで出会ったヘアサロンの客だった。日本人と結婚し、日本に住んでいるのは知っていた。「もちろんよ。できることをするわ」
好意的な返事を娘に伝えると、彼女がにこっと笑った。緊張でこわばっていた娘の笑顔を見たのは久しぶりだった。

ウクライナ政府は戒厳令を発し、18~60歳の男性の出国を原則禁止にした。夫は国外に逃げることはできない。
「行きなさい。ここでは君たちを守れない」。愛する人の一言で決心がついた。

4

キーウ~リビウ
4月3~4日

「今は耐えよう」

地下室から自宅マンションに大急ぎで戻り、スーツケース1つに2人分の荷物を詰め込んだ。仕事道具のハサミや娘のお気に入りのブーツは入れたが、家族の思い出の写真は選ぶ時間がなく、持って行けなかった。

義勇軍らが乗る車で市内の駅に向かった夜、首都の街に明かりはなかった。見上げると、星が輝いていた。

列車内の乗客は少なかった。窓を閉め切り、明かりを消して進んだ。「夫や親戚と離れるのは悲しかったけれど、耐えて次のステップに進むんだ」。自分に言い聞かせた。9時間半乗車し、4日に西部の街リビウに着いた。

5

リビウ~ポーランド・ワルシャワ
4月4~6日

「どうしてここは平和で私の国は戦場なのか」

バスを乗り換えて国境に向かい、ポーランドに入った。広がる日常に「どうしてここは平和で私の国は戦場なのか」。安心する気持ちよりも理不尽を感じた。

6日に日本のビザが支給され、ワルシャワの日本大使館に行った。「日本に行ける。信じられないくらいうれしい」。門の前でほほ笑む娘の記念写真を撮影した。

6

ワルシャワ~東京
4月8~9日

「初めて安心して眠れた」

ワルシャワからレナさん夫婦が用意してくれた航空チケットで日本へ飛び立った。約8000キロの長旅を終え、成田国際空港のロビーで夫婦が出迎えてくれた。ウクライナに残った夫に到着を伝えた。

都内のホテルに移動し、シャワーを浴び、清潔なパジャマに着替えてベッドに入った。戦争が始まってから初めて安心して眠れた。

7

東京
4月21日

「早く目を覚まして」

プーチン大統領に対して言いたいことはない。どうせ言葉は届かない。ただロシアの人たちには言いたい。「早く目を覚まして。あなたたちに同じ目にあってほしいなんて思わない。私は平和を願っている」

「世界に平和を」映像で語る思い





高橋耕平、山本博文、遠藤彰