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連載「人口と世界」第4部

少子化 止まらぬ砂時計 

20世紀の人口爆発から一転し、世界は縮小へと向かい始める。経済、社会、軍事などあらゆる面で基盤となった人口。そしてそれを支える出生率が減少を続け、これまでにない危機感を国家が抱き始めている。日本経済新聞では人類の課題に迫るシリーズ「人口と世界」の第4部「下り坂にあらがう」の連載をスタートした。

連載のキーワードとなる「国家縮小」に関するデータや、各国・地域が移民受け入れや、働き手の学び直しなど人材の有効活用を模索する様子をグラフでまとめた。

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TOPIC 1

2050年まで止まらぬ少子化砂時計



全ての誤算は出生率の減少にあった。1950年代から70年代前半まで世界平均の合計特殊出生率は4を上回り、単純計算すると1世代で人口が倍増する時代だった。多くの国・地域は人口拡大を当然のものとして国造りを進めていった。

世界の出生率をグラフにして眺めてみよう。それぞれ1つの点は、1つの国・地域を表し、グラフの縦軸は出生率を表す。点が高い位置にあるほど、その国・地域の出生率は高いことを意味する。1950年にはアフリカや南米諸国などが出生率6〜8に集中している。米国や日本も当時は3を上回っていた。70年代前半まで世界的なベビーブームは続き、72年には人口爆発による資源枯渇や環境汚染を警戒する「成長の限界」と題する報告書をローマクラブが発表する。21世紀の世界は人口爆発に苦しむと誰しもが予期していた時代だ。79年に中国で一人っ子政策が開始する。





しかし、シナリオは大きく変わる。その先駆けとなったのは日本だ。高度経済成長を遂げた70年代に早くも出生率は2を割り、少子高齢化社会のトップランナーとしての道を歩む。他の先進国も日本に続く。女性の社会進出などを受け出生率は下がり、2000年に入ると先程のグラフの重心は1〜3付近へと変移する。

22年現在は、高所得国の出生率は平均1.7、世界全体では2.3まで下がっている。時の経過とともに、砂時計のように点は下へ下へと落ち続けている。





現在の人口規模を維持するのに必要な出生率は「人口置換水準」と呼ばれ、おおむね2.07程度とされる。現在は先進国を中心に約90カ国・地域、全世界の約半数で水準を下回る。もっとも、南米やアフリカ、アラブ諸国では出生率は依然高く、移民の送り出し国となっている。

これから先、将来の人口動態に関しては、米ワシントン大学が長期予測を発表している。中位シナリオに基づくと、30年代には急速に現在の発展途上国でも少子化が進み、50年になるとほぼ全ての国・地域で出生率が人口置換水準を下回る。

世界全体の平均出生率は1.87となり、グラフの上では大多数の国・地域の点が1~2の間にこぼれ落ちる。出生率2を超すのは、オセアニアの島国や中央アジア、サブサハラ(サハラ砂漠以南)など限られた地域のみとなる。

それからさらに50年後、2100年には世界の出生率は1.66まで下がり、砂時計はほぼ完全に落ちきる。米ワシントン大は報告書で「世界人口は容赦なく減少する」と指摘した上で、中位シナリオに基づけば、2100年までに日本やタイ、スペインなど23カ国で人口が現在の水準から半減すると分析する。

しかし、全ての可能性が閉ざされたわけではない。同報告書では「リベラルな移民政策や、女性を支える社会政策を推し進める国では、将来的に人口維持ができる」と結論づけている。22年現在、出生率の砂時計はまだ落ちきっていない。世界各地で、人口減少の大きな流れにあらがおうとする取り組みが推し進められている。



TOPIC 2

アジアを苦しめる教育費の呪縛



世界では教育費が増加し、その結果として子供の数が減少する傾向にある。特にアジアでこの傾向は顕著だ。英HSBCの調べによると、小学校から大学卒業までにかかる平均教育コストは、香港が13万2000ドル(約1800万円)と世界で最も高い水準にある。1人あたり国内総生産(GDP)比では290%にのぼり、極めて低い出生率1.05(2019年時点)を引き起こす要因となっている。

同樣に教育熱の高いシンガポールでも教育コストはGDP比で120%と高く、出生率は1.14と低い。厳しい受験戦争で知られる韓国も、21年に出生率が0.81と世界で最も低い水準まで下がっている。

子供の教育費は惜しみたくないが、無い袖は振れない。そこで鍵となるのが政府などによる公的支援だ。経済協力開発機構(OECD)によると、出生率1.9を誇るフランスは18年にGDP比で5.2%にも上る公的な教育関連支出を計上している。ノルウェーや英米は公的支出がGDP比で6%を超す。一方、日本の教育関連支出は同4%前後と先進国で低位に沈む。親たちを教育費の呪縛から解くことが、少子化の緩和へとつながる。



TOPIC 3

人口維持へ、欧米で移民倍増



薄暗い将来図を前にして、悲観ばかりではいけない。減りゆく出生率に直面しながらも、それでも人口を維持し、経済成長を続ける国もある。その一つがカナダ。足元での人口増加率は年1%と先進国としては高水準を誇る。同国は1971年に多文化主義を打ち出し、足元では新型コロナウイルスの影響を受けながらも人口の流入は続く。今では同国の人口に占める移民の割合は2割を超す。

欧州でも移民の積極受け入れにシフトした国は多い。小国ルクセンブルクでは海外生まれが今では人口の47%と、2000年の33%から大幅に増えた。ノルウェーやフィンランドでは20年間に割合が2倍以上となった。一部の国では移民受け入れをめぐり摩擦を経験したが、世界は着実に移民受け入れへと動いてきた。





一方、日本では在留外国人の割合が約2%にとどまり、2000年からの変化は乏しい。それは、人々の受け入れ姿勢にも表れている。個人の価値観を世界100以上の国・地域で調べる国際プロジェクト「世界価値観調査」(17~21年)において、「仕事が少ないときは移民よりも自国民を優先すべきだ」という質問がある。「思わない」という回答が多いほど、移民受け入れに賛成的な見方が多いと解釈できる。

日本で「思わない」と回答したのは8.5%と先進国では群を抜いて少ない。米国やカナダ、オーストラリアでは3割台で、ドイツでは5割を超した。



TOPIC 4

学ぶ大人が子供不足を埋める



子供の数が減る時代。国・地域内の人的資本を維持するため、移民受け入れとともに選択肢に考えられるのが学び直しの支援だ。既に労働市場に入っている成人を対象に、時代にあった新しい技術・知識をアップデートしてもらうことで、社会全体の生産性を底上げする。

欧米では社会人が大学などで学び直す「リカレント教育」が普及する。OECDなどのデータによると、修士課程に入学する30歳以上の割合が英米では約4割にものぼる。

半面、日本では10%を下回り、アカデミックの場をビジネスに生かしきれていない。多くの企業で終身雇用制度が維持される中で、一度仕事を離れることの難しさを数値の低さが物語る。岸田文雄首相は「人への投資」を訴え、経済対策にリカレント教育を盛り込み社会人の学び直しを後押しする方針を打ち出す。効果が今後数値として表れるかは注目が必要だ。





データを読み解くと、企業内で社員が学ぶ機会も、日本は海外に比べ少ないことが見て取れる。企業が社員などに提供する能力開発費は、2010~14年の平均値で日本はGDP比で0.1%と10年前に比べ3分の1の水準まで縮小している。米国では2.1%、フランスやドイツも1%台と高い水準を誇っており、技術革新を生み出す素地を育んでいる。

移民と学び直し。少子化を補う2つの解決策において、日本はほぼ手つかずの状態にあるとも見て取れる。国家縮小に備え模索する世界を眺めることで、日本が取るべき選択肢は何かを整理する材料が見えてくる。



編集・データ分析
武田健太郎

グラフィックス
桑山昌代 、内海悠