早稲田の杜に村上春樹ワンダーランド
1階エントランスと地下1階をつなぐ「階段本棚」。約1500冊の本が階段を囲む
作家の村上春樹さん(72)が母校の早稲田大学に寄贈した直筆原稿や書籍、レコードを所蔵する国際文学館(東京・新宿、通称・村上春樹ライブラリー)が10月1日にオープンした。村上さんが学生時代に通った坪内博士記念演劇博物館に隣接する同大学の旧4号館をリニューアル。村上さんの不思議な物語世界に様々なかたちで浸れる。
内外の村上作品に囲まれた空間
1階のギャラリーラウンジでは作家デビューした1979年から2021年までの作品を展示している。村上さんから寄贈された本で、多くが初版本だ。反対側の書棚には、50カ国以上の言語に翻訳された村上作品などが並ぶ。世界各国で愛読されていることが改めて実感できる。小説に登場する「羊男」を村上さん自身が描いた絵も貴重だ。






サウンドのエッセンス味わう
1階にはオーディオルームがあり、村上さんの自室と似た環境で音楽を味わえる。オーディオシステムの選定・セッティングは、村上さんのオーディオ・アドバイザーで元「ステレオサウンド」編集長の小野寺弘滋さんが担当。ジャズ好きでも知られる村上さんらしく、サックス奏者、ソニー・ロリンズらのレコードが並んでいる。






上下しながら世界文学に触れる
1階から地下1階に続くのはトンネル状の「階段本棚」。一種の企画展示であり、陳列する本はテーマに応じて定期的に入れ替える。開館時のテーマは「現在から未来に繋(つな)ぎたい世界文学作品」と「村上作品とその結び目」。下に向かって右側が上り下りする階段で、左側はその場に腰を下ろして本が読める空間だ。



村上さんの現在の書斎を再現
地下1階には村上さんの書斎をほぼ再現したスペースがあり、仕事机の前に応接家具が置かれている。レコードプレーヤーは村上さんが寄贈したもので、アンプといすは村上さんの書斎と同じ製品。机の素材やソファ、じゅうたんは似たものを使っている。入室はできないが、この部屋で執筆する村上さんの姿を想像するのは楽しい。



学生が経営・運営するカフェ
村上さんは大学生のとき、夫婦でジャズ喫茶「ピーターキャット」を開業し、専業作家になるまで経営していた。それを踏まえ、地下1階に学生が経営・運営するカフェ「オレンジキャット」を開設した。ここを拠点に新たな物語の誕生が期待される。同じ1階のラウンジにはピーターキャットで使われていたピアノも置いてある。




音響設備を整えたスタジオ
2階には音響設備を持つスタジオがある。2018年からTOKYO FMのラジオ番組「村上RADIO」でDJを務めている村上さんらしいスペースといえる。隣には机といすが置かれたラボも設置。ワークショップやセミナーなどの開催を予定している。そこには見に来るだけでなく交流の場にしてほしいとの狙いが込められている。


隈研吾さん設計、柳井正さんが資金
設計は建築家の隈研吾さん(67)が担当した。「春樹さんの文学は日常から違う世界に入っていく。そこで思いついたのがトンネル構造だった」と振り返る。建物を取り巻く木製のオブジェや1階から地下1階へと続く階段本棚がその象徴。改装費用の約12億円はファーストリテイリング会長兼社長の柳井正さん(72)が寄付した。




展示室では様々な企画展を予定
2階の展示室では「建築のなかの文学、文学のなかの建築」展を開催中(2022年2月4日まで)。隈さんのリノベーションを経て、旧4号館が国際文学館へ変わっていく様子を図面などを通じて紹介している。今後も村上文学に限らず、幅広い内容の企画展を予定している。国際文学館は新型コロナウイルス禍のため、当面事前予約制をとっている。


村上春樹さん年表


(文・中野稔、写真・小園雅之)