素顔のアスリート
五輪フォトグラファーが心動いた一瞬

東京五輪で繰り広げられた熱戦は数々の記録と感動を残しました。私たち報道フォトグラファーは決定的瞬間を切り取ってきましたが、勝敗が決する一枚だけを撮影していたわけではありません。緊張しカメラを構えるなかファインダー越しに心を揺さぶられたのは、アスリートが一瞬だけ見せた素顔でした。

炎天下を爽やかに

強い日差しにやけどするほど熱せられたコンクリートの競技会場で、文字通りの熱戦が繰り広げられた。新種目、スケートボードの男子ストリート。ランでミスが出て4位と出遅れた堀米雄斗選手は、一発技で競うベストトリックで高難度の技を次々と成功させ初代王者に輝いた。この日の最高気温はセ氏33度だったが、大技を決めるたびにコーチに駆け寄る若者には涼やかな笑顔が浮かんでいた。(7月25日)

届かなかったバトン

陸上男子400メートルリレー決勝。日本は1走の多田修平選手から2走の山県亮太選手にバトンが渡らず、ゴールできなかった。金メダルを狙った攻めのバトンパスが失敗に終わったのだ。アンカーの小池祐貴選手はトラックに立ち尽くしたまま。その姿が勝負の難しさを物語っていた。(8月6日)

第二の人生駆ける

陸上女子100メートル障害予選で寺田明日香選手が日本勢として21年ぶりの準決勝進出を決めた。2013年に一度は引退したが、19年に復帰。「ママさんアスリート」として挑む第二の陸上人生だ。普段は優しい母親も、この日ばかりは鬼気迫る表情で海外選手と渡り合った。(7月31日)

重圧乗り越え歓喜

金メダルが決まると、紅潮した顔をゆがませ力強く両手を合わせた。柔道女子52キロ級決勝を終えた阿部詩選手。くしゃくしゃの泣き顔の裏には金メダルの喜びだけでなく、これまでの苦悩が入り交じっているようだった。(7月25日)

座礼の先にあるもの

妹の詩選手とは対照的だった。柔道男子66キロ級決勝でジョージア選手に大外刈りを決め、優勢勝ちした後も阿部一二三選手のしぐさは控えめだ。自らを律するように静かに姿勢を正すと、畳上に額をつけた。深々とした座礼の先にあるのは、歴史を刻んできた武道館の舞台か、きょうだいで同日金メダルの偉業を果たした詩選手か、あるいは最後まで代表の座を争った丸山城志郎選手か――。様々な思いが去来しているように見えた。(7月25日)

勝敗より挑戦を祝福

世界ランキング1位で臨んだ東京五輪。高さも正確性も群を抜くトリックで予選を1位通過した。スケートボード女子パークで文句なしの金メダル候補、岡本碧優選手が決勝で暗転した。暫定4位で迎えた最終滑走で逆転をかけた大技に失敗。肩を落とす岡本選手に駆け寄ったのは、コーチではなく他国の選手たちだった。「最後まで攻めたヤツが偉い」。勝ち負けではなくチャレンジをたたえる姿は、スポーツに新しい価値観を植え付けているようだった。(8月4日)

複雑な笑顔

バスケットボール女子決勝は日本が米国に75-90で敗れ、銀メダルを獲得した。同競技の五輪でのメダルは男女を通じ初の快挙だ。とはいえ負けは負け。試合終了のブザーが鳴ると、選手たちは悔しさの入り交じった複雑な笑顔を浮かべた。(8月8日)

ラストランを見届ける

「8月8日のマラソンを現役選手としてのラストレースにします」。ツイッターでこう表明して男子マラソンに出場した大迫傑選手。2時間10分41秒の6位で、日本勢として2大会ぶりの入賞を果たした。ゴール直前、あと少しで大迫選手のレースが終わると思うと、名残惜しさとその背中を押して応援したい気持ちがこみ上げた。(8月8日)

歓喜のジャンプ

フェンシング男子エペ団体の日本は決勝でROCを破り、同競技で日本勢初の金メダルを獲得した。最後に加納虹輝(こうき)選手の突きが決まると、ピスト上に仲間が駆け寄る。抱き合ったり、輪になってジャンプしたりと様々な形で勝利の喜びをかみ締めた。(7月30日)

力、出し切った

陸上女子1500メートルに日本人で初めて出場した田中希実選手は準決勝で3分59秒19の日本新記録を出し、決勝の舞台に出場した。海外選手と世界最高レベルのレースを繰り広げ、ゴール後はオーストラリアの選手と抱き合った。表情にはやり切ったという晴れ晴れしさがあった。(8月6日)

五輪の重圧

テニス女子シングルスで世界ランキング2位(当時)の大坂なおみ選手が、3回戦でチェコ選手に敗退した。相手のランキングは42位だったが、挑戦者の勢いに最後まで対応しきれない様子だった。金メダル候補として、聖火リレーの最終ランナーとして、たくさんの期待を背負った大坂選手の東京五輪が静かに終わった。(7月27日)

若き王者の誕生

体操男子個人総合で金メダルに輝いた橋本大輝選手。2012年ロンドン、16年リオデジャネイロを連覇した内村航平選手に続く日本勢3連覇となった。日の丸を高く掲げる横顔からはマスク姿ながら歓喜の思いがはっきりと分かる。新たな王者の物語がここから始まるという高揚感が漂っていた。(7月28日)

まさかの落下

一瞬、何が起きたかわからなかった。体操男子予選の種目別鉄棒で内村航平選手が落下したのだ。夢中でシャッターを切った中で写っていたのは鉄棒から手が離れる瞬間だった。度重なる故障に苦しみ、得意の鉄棒に絞って出場した内村選手は「僕が見せられる夢はここまでなんじゃないかな」と話した。あまりに唐突で残酷な現実だった。(7月24日)

笑顔見られず

「『こういう終わりか』とふがいなさはあった」。重量挙げ女子49キロ級の三宅宏実選手は試合後こう語った。前半のスナッチから苦しみ、最初の74キロを成功させた後は全て失敗。集大成と位置付けた5度目の大舞台で記録なしに終わった。いつもの笑顔は見られず、終始苦々しい表情を浮かべていた。(7月24日)

抱擁も息ぴったり

卓球混合ダブルス決勝で強豪の中国を下した水谷隼選手と伊藤美誠選手。12歳という年の差を感じさせない息の合ったプレーで日本卓球界初の金メダルを獲得した。「中国に今までたくさん負けてきたので、本当にうれしい」と水谷選手。力いっぱい伊藤選手を抱きしめて快挙を喜んだ。(7月26日)

頂点で深めた絆

ソフトボール決勝。日本は米国を2-0で破り金メダルに輝いた。勝利の瞬間、ナインが上野由岐子投手のもとへと駆け寄った。満面の笑顔の選手、涙を流す選手。さまざまな表情が人さし指を天に突き上げ、喜びを分かち合った。チームがさらに強い絆で結ばれたかのように見えた。(7月27日)

それぞれの道へ

競泳男子200メートル個人メドレー決勝を終え、4位の瀬戸大也選手と6位の萩野公介選手が健闘をたたえ合った。2度目の五輪だった瀬戸選手は「感謝の気持ちを持って自分の夢へ3年間ひたむきに努力したい」と次を見据え、萩野選手は大会後に現役引退へ。それぞれの新たな道の始まりとなった日は、2人ともすっきりとした表情だった。(7月30日)

あふれ出す涙

レスリンググレコローマンスタイルでは37年ぶりの金メダルを目指し、順当に勝ち進んだ60キロ級の文田健一郎選手。世界選手権で2度の優勝を誇る「本命馬」が決勝で思わぬ伏兵に屈した。初顔合わせのキューバ選手相手に最後まで得意の投げを決められず、完敗。試合後は相手の勝ち名乗りを気丈に受け入れたが、ひとたびリングから降りるとどっと感情があふれ出た。「次は3年後のパリで」。唇をかみしめて雪辱を誓った。(8月2日)

笑顔すがすがしく

ゴルフ女子で銀メダルを獲得した稲見萌寧選手。2位で並んだニュージーランドのリディア・コ選手とのプレーオフの末に勝ち取った栄光だ。表彰式では髪を下ろし、リラックスした様子。プレッシャーから解き放たれたすがすがしい笑顔が印象に残った。(8月7日)

挑戦、海がたたえる

新種目のサーフィン男子で五十嵐カノア選手は決勝で敗れ、海に向かって頭を下げた。胸にあったのは悔しさか、海への感謝か。「挑戦した毎日は忘れない。次のパリへ、あすから準備したい」。五十嵐選手が去った後、海に虹が七色に輝いていた。初代銀メダリストが抱いた次への挑戦の気持ちを褒めたたえているかのようだった。(7月27日)

柏原敬樹、山本博文、石井理恵、淡嶋健人