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「ふりさけ見れば」
副読本

朝刊で連載中の安部龍太郎氏による小説「ふりさけ見れば」。主人公は遣唐使として中国に渡り、唐の皇帝玄宗(げんそう)に取り立てられ、異国で出世を遂げた阿倍仲麻呂(あべのなかまろ)です。国際人として活躍した彼の苦悩や葛藤は、グローバル社会に生きる現代人にも通じるものがあります。日本という国の基礎を作り上げるべく、激動の時代の中で奮闘した仲麻呂や遣唐使たち。物語をもっと楽しむために、彼らの生きた時代を紹介します。(画 西のぼる)

――2022年9月1日 あらすじ更新



あらすじ

遣唐使阿倍仲麻呂は唐の官僚登用試験の科挙に合格し、異国の地で出世を果たしていた。家庭にも恵まれ、妻の張若晴(ちょうじゃくせい)との間に翼(つばさ)と翔(かける)という双子の男児をもうけ幸せに暮らしていたが、天皇に仕えるという使命を果たすため、16年ぶりにやってきた遣唐使船での帰国を決意する。帰国の時が迫る中、遣唐使の同期である井真成(いのまなり)の死体が見つかる。不審に思った仲麻呂は同じく遣唐使の同期である吉備真備(きびのまきび)とともに真相の究明に動きだすが、そのさなか、日本国の歴史の正統性を担保するための文書を入手するためのスパイになるようにとの密命が下り、唐に残ることを余儀なくされる。

仲麻呂と別れ、日本に帰国した真備は天皇を差し置いて権勢を振るう藤原氏の牙城を崩すべく奮闘する。疫病の大規模な流行で都が壊滅的な被害を受ける中、国を立て直すべく天皇が目指す仏教中心の国家作りに奔走する真備だったが、藤原氏の策略にはまり、政争に敗れてしまう。太宰府に左遷されてしまった真備は、新たに遣唐使が派遣されることを知る。起死回生を狙うべく、再び遣唐使として唐に渡るのだった。

一方、唐に残った仲麻呂は密命を果たすべく、朝廷内で出世の機会をうかがっていた。汚れ仕事を引き受け、長年連れ添った若晴とも別れる道を選んだ。手段を選ばず政敵を追い落としながら、出世の階段を駆け上がる。念願の役職、秘書監を目前にした仲麻呂は、日の出の勢いの楊国忠と李林甫の権力争いに巻き込まれ、どちらの側につくべきか決断を迫られていた。

 




仲麻呂が生きた時代

日本で630年から始まった遣唐使は文化の進んだ中国の制度や文物を輸入する目的で、894年に廃止されるまで十数回に及び続きました。仲麻呂もその一人として海を渡り、人生のほとんどを唐で過ごしました。第6代皇帝の玄宗による開元の治と呼ばれる政治安定期に陰りが見え始めた波乱の時代でした。

 




唐代の中国(7~8世紀)

唐(618~907)は約300年にわたり周辺の国々に大きな影響力を持った大帝国でした。制度や文化の影響は中央アジアや東南アジア、朝鮮半島、渤海(ぼっかい)、日本にも広がり、都の長安では国際的な人々が集まり文化が花開きました。

 




物語のあらまし―――安部龍太郎

日本の歴史や文化は、東アジアとの関係を抜きにしては分らない。三十年ほど前に中国に取材に行った時、そう痛感した。

そしていつかはそんな視野を持つ物語を書きたいと願ってきたが、古稀も近くなってようやく取り組むことができた。

テーマは遣唐使。主人公は西暦七一七年に唐に渡った阿倍仲麻呂と吉備真備(きびのまきび)である。

仲麻呂は七三四年に帰国のチャンスがありながら唐に残った。真備は帰国をはたし、大和朝廷において順調な出世をとげるが、国内しか知らない保守派の壁にはばまれて孤立を深めていく。

一方仲麻呂は、日本が独立国となるために越えなければならない巨大なテーマに直面していた。それは日本という国と天皇の正統性を明らかにするための史書を作ることである。

この時代にはすでに『古事記』や『日本書紀』が編さんされていたが、日本は唐の冊封国(さくほうこく)になっていたので、唐の朝廷に史書の正しさを認めてもらわなければ正統を称することはできなかった。それには中国の膨大な史書との整合性を保つ必要がある。

仲麻呂はこの問題を解決するために玄宗皇帝の重臣となり、唐の史書編さんの中核である秘書省(ひしょしょう)において順調な出世をとげていく。

中国・西安の大雁塔の前で(「シルクロード 仏の道をゆく」〈潮出版〉より)

西暦七五二年、真備は再び荒波をこえて唐に渡り、仲麻呂に新生日本を作ろうと訴えて帰国をうながす。また、日本仏教を正統たらしめるべく、戒律の師である鑑真和上(がんじんわじょう)を招聘(しょうへい)しようとした。

翌年十一月、仲麻呂らは第一船、真備と鑑真らは第三船に乗り込み、蘇州(そしゅう)の港を出て日本に向かった。ところが真備らは何とか帰国できたものの、仲麻呂らが乗った第一船は嵐に巻き込まれ、ベトナムに漂着したのである。

日本という国家の基礎を築くために、命がけで唐に渡った俊英たち。彼らの波乱万丈の物語を、リアルな筆致で描きたい。




構成
赤塚佳彦

グラフィックス
鎌田多恵子