「軍艦島」追憶の風景

 世界遺産に登録された「明治日本の産業革命遺産」。その構成資産の一つ端島炭坑(長崎市、通称・軍艦島)。先月、国際会議の一環で行われた建築や土木の専門家の視察に同行し上陸した。一般には立ち入りが禁止されているエリアを歩くと、かつて生活していた島民たちの息吹が感じられた ※モノクロ写真とカラー写真で表現しました (5日 22:51)

1974(昭和49)年に閉山した島の広場にユリの花がたくましく咲く(6月、長崎市・端島)

  • 7階建ての巨大校舎だった端島小中学校
  • 島に渡る船を下りると目の前に広がる鉱業所跡地。黒ダイヤと呼ばれた石炭を運ぶベルトコンベヤーの支柱が立ち並ぶ
  • 放置された電話機
  • かつて島民が行き来したであろう鉱員住宅の階段
  • 最盛期には5300人が生活。人口密度は当時の東京の約9倍で、世界一だった
  • 鉱員住宅にたたずむ古いテレビ
  • 押し入れには子ども向けの本が残されていた
  • 荒れ果てた部屋に残された冷蔵庫。昭和30年代、島における「三種の神器」の普及率はほぼ100%で、裕福だった暮らしがうかがえる
  • 端島病院の手術室
  • 波間に浮かぶ端島は軍艦そのもの=写真 善家浩二

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