車窓から見た被災地

 震災から2年半以上が経った今も、不通区間が残る東北沿岸部の鉄道。かつては三陸海岸の各線を結び、仙台と八戸を約10時間で直通運行する臨時列車も走っていた。10月23日と24日、列車と代行バスを乗り継いで沿岸部をたどり、車窓から被災地の風景を眺めた。 (21日 21:53)

今年4月に運転を再開した三陸鉄道南リアス線の列車(写真左、岩手県大船渡市の盛駅)と、仙台から八戸までの路線図。赤色で示したのが代行バス区間(柳津-盛間はバス高速輸送システム)だ。途中の乗り換えは15回、待ち時間を含めて約20時間を要した

  • 午前6時32分、仙台駅からJR仙石線の列車に乗り込んで出発進行。車内放送では松島海岸駅で代行バスに乗り換えるよう案内するが、鉄道の不通区間は一駅先からだ。そのまま乗り続けて高城町駅で降りてみる。「バス停まで600メートル、徒歩7分」との表示だったが、道に迷ってしまった。結局、予定のバスに乗り遅れ、30分待つ羽目に。列車の乗客が2台に分乗して走る代行バスで矢本駅に向かった(宮城県東松島市)
  • 矢本駅から再び列車に乗って、午前8時50分に石巻駅着。漫画家・石ノ森章太郎のキャラクターが出迎えてくれた(写真右)。昨年11月に再開した石ノ森萬画館にも立ち寄りたいところだが、そのままJR石巻線に乗り換えて先を急ぐ。途中でラッピング列車とすれ違い(同左)、車窓からも石ノ森マンガの世界を楽しめた
  • 途中の前谷地駅でJR気仙沼線に乗り換え、柳津駅に到着したのは午前11時15分。ここからバス高速輸送システム(BRT)が代行する。気仙沼駅までの不通区間55.3キロのうち21.7キロを専用道でつなぐ(宮城県登米市)
  • 正午ごろ、バスは南三陸町の志津川地区を通過。窓の外に防災対策庁舎が見える。津波の猛威を伝える「震災遺構」だが、同町は解体する方針を表明している
  • 午後1時59分、気仙沼駅でJR大船渡線のBRTに乗り換える。気仙沼-盛間は、再び43.7キロのバス区間だ。気仙沼駅を出発すると、震災直後に火災があった鹿折地区を通過する。がれきはすっかり撤去され、内陸に打ち上げられていた第18共徳丸も解体されて跡形もなくなっていた(宮城県気仙沼市)
  • 午後2時半ごろ、陸前高田市に入ると奇跡の一本松が見えてくる。今では残り少ない震災の「語り部」だ
  • 午後3時13分、BRTは盛駅に到着した。JRと三陸鉄道の駅舎は隣接していて乗り継ぎは楽だが、次の列車は1時間後。待合室に入り、朝から乗りっぱなしで凝り固まった腰を伸ばす。午後4時15分、三陸鉄道南リアス線の列車で吉浜駅へ向かう
  • 午後4時40分ごろ、日が暮れた三陸駅近くの海岸。復興工事のため大量の消波ブロックが並べられていた。吉浜駅には午後4時47分に到着。代行バスで釜石駅まで移動し、午後7時に1日目の行程を終えた
  • 2日目は午前8時50分に釜石駅前からバスで出発。JR山田線の釜石-宮古間も、約2時間の代行バスの旅だ。JR宮古駅で立ち食いそばを食べた後、三陸鉄道に乗り換える。駅の掲示板には、多数の応援メッセージが張られていた(写真上)。午後1時20分発の北リアス線に乗車。しばらく山あいを走った後、総延長約2.5キロ、高さが10メートルあり「万里の長城」と呼ばれた田老の巨大防潮堤が姿を現した(同下、岩手県宮古市)
  • 午後1時53分、小本駅に到着。田野畑駅までの不通区間は連絡バスでの移動になる。午後3時52分に再び北リアス線の列車に乗り込んで久慈に向かう。ここから先はNHK連続テレビ小説「あまちゃん」で有名になった区間だ(写真上)。ドラマのロケが行われた沢漁港を見下ろす鉄橋では、一時停車して撮影タイムを設けるサービスも(同下)。ツアーで千葉県から来た女性(78)は「駅舎再建に旅行代金の一部が使われるツアーで、一度参加してみたかった。今の被災地が見られるいい機会」と話していた(岩手県普代村)
  • 午後4時48分、久慈駅でJR八戸線に乗り換える。八戸駅には2時間後の午後6時48分に到着、総移動距離約410キロの全行程を終えた。写真は途中で撮影した駅やバス停の看板。駆け足で沿岸部を巡ったが、人口の多い市街地で建物の修復が進む一方、がれきの撤去が終わっても空き地のままになっている所も多く、復興の進み具合に差を感じた。再び同じルートをたどる時には、どのような風景になっているだろうか=写真 玉井良幸

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