3年越しの「ひとめぼれ」

 福島第1原子力発電所の事故の影響で、農作物の出荷の道が閉ざされていた福島県川内村。全村避難の中、事故直後から唯一コメ作りを続けてきた農家の秋元美誉さん(69)が今秋、3年越しの出荷をすることになった。放射能と闘いながら田んぼと向き合った秋元さんの2年半を追った。 (20日 17:56)

刈り取った稲穂を前に笑顔を見せる秋元さん(10月8日、福島県川内村)

  • 2011年4月、村は警戒区域と緊急時避難準備区域に指定され、役場や住民のほとんどが他の自治体に避難。5月の大型連休中、秋元さんは川内村に帰省した孫と遊んでいた(11年5月)
  • 「1年を無駄にしたくない」と飛散した放射性物質が農作物にどんな影響を与えるか作付けを試みた。秋、たわわに実った稲から放射性物質は「検出せず」。しかし、出荷も自家消費も許されず、断腸の思いで農機で踏みつぶした(11年10月)
  • 翌年、村は秋元さんを含む約30軒の農家に「試験栽培」を認めた。5月には首都圏などからボランティアが集まり田植えが行われたが、周辺の田んぼのほとんどは手つかずのままだった(12年5月)
  • 試験栽培と並行して10数年前から取り組み始めたアイガモを使った有機農法も再開させた。約50羽が田んぼを行進し、ガアガアと元気な鳴き声が村に響いた(12年5月)
  • 大みそか。長男の穣さん(右上)と新年の準備をする秋元さん。この年収穫したコメからも放射性セシウムは検出されなかったが、2年連続で廃棄した。だが試験栽培の結果を受け、村は旧警戒区域を除く地域で作付け自粛の解除を決めた(12年12月)
  • 今年5月、原発事故以来、3回目の田植えがやってきた。「消費者に届けられることがうれしい」。前年同様、ボランティアらが大勢集まり、田植えが行われた
  • 種もみから育てた苗(写真上、5月撮影)は10月には黄金色の稲穂となり、こうべを垂れた。サンプル検査したコメからは放射性物質は検出されなかった。今年収穫したコメのほとんどは備蓄米として政府が買い取ることになっている
  • 刈り取った稲が並ぶ風景に目を細める秋元さん夫妻。今秋収穫したコメ「ひとめぼれ」のうち農薬や化学肥料が半分の特別栽培のコメ600キロは「福幸米」として、市場に出回る予定だ=写真 柏原敬樹