今も残るランドセル・浪江小

 福島第1原発の事故で警戒区域となった福島県浪江町の浪江小学校。4月から避難指示解除準備区域に再編され、日中の立ち入りが自由になるのを前に、当時の教職員ら13人が一時立ち入り学校内の掃除と整理を行った。学校が町に戻るのはまだだが、残ったままの子供たちの荷物を5月には保護者に返す予定だ。 (1日 0:04)

子供たちは荷物を置いたまま避難した。教室の机の上にはランドセルが残されている

  • 「お元気ですか?」。震災当時、浪江小に勤めていた先生らが職員室で声を掛け合う。県内各地に転勤したため、久しぶりの再会となった
  • 地震発生時、学校では「帰りの会」をしていた。外を見ると倒壊した家屋から砂煙が上がっていた。教室では泣いたりパニックになる子もいたという。6年4組の担任だった本間健治郎さんは「もう少しで卒業式だった。式では恒例のレッドカーペットを歩かせてやりたかった」と話した
  • 各教室の放射線量も測られた
  • 上履きのまま逃げた子どもたちの靴が今もげた箱に残る
  • ほこりだらけの教室を清掃し机を並べていく
  • 5年1組の担任だった斎藤由利子さんは掃除を終えると黒板にメッセージを書いた。赤色のチョークで「明るい希望が待っている」と、かつての教え子たちに伝えられなかった思いを残した(3月30日、福島県浪江町)=写真 山本博文

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