生き残ったしょうゆレシピ

 津波で甚大な被害を受けた岩手県陸前高田市。140年以上続くヤマニ醤油は工場も本社も全て流された。事業を諦めかけた新沼茂幸社長ががれきの中から見つけたのは、老舗の味を継承してきたしょうゆの製造レシピ。  ヤマニ醤油は同県花巻市の佐々長醸造に協力を求めた。現在は、佐々長醸造がレシピを基にヤマニ醤油ブランドの商品を製造する。  東日本大震災から2年、被災企業は歩み始めている。 (19日 15:18)

震災発生2日後、新沼社長が見つけたヤマニ醤油の製造レシピ。従業員全員の無事もわかり、「希望が見いだせた」と新沼社長

  • ヤマニ醤油の蔵人だった鈴木靖春さんは佐々長醸造に移り、ヤマニ醤油の味を再び造る(岩手県花巻市)
  • 煙突だけが残る被災後のヤマニ醤油。震災から3日後、新沼社長は避難所から佐々長醸造の佐々木博社長に電話で「しょうゆを造る蔵を貸してもらいたい」と協力を求めた
  • 更地が広がる陸前高田市。元のヤマニ醤油があった場所の近くにしょうゆなどの瓶が残っていた
  • 「自分でつけていたしょうゆ造りのノートが無事だった」という鈴木靖春さん。「ヤマニのしょうゆを復活させてほしい」という新沼社長の言葉を胸に新天地でのしょうゆ造りに挑む
  • 現在のヤマニ醤油はライセンス管理会社に転換し、佐々長醸造がヤマニブランドの商品を製造する。2011年11月、ヤマニ醤油は販売を再開した
  • しょうゆの味の再現は試行錯誤の連続だった。「これまでの設備と違うので苦労した」と鈴木靖春さん。新しいしょうゆは、佐々長醸造がくみ上げる地下水を使う
  • 顧客の元を訪問し、御用聞きを続けるヤマニ醤油高田営業所の鈴木泰治代表(写真上、左)。震災後に出したしょうゆのラベルは、アンパンマンの原作者やなせたかし氏がデザインした
  • 陸前高田市に残った従業員らは、ヤマニ醤油高田営業所の名前で独立し、震災前からの顧客の元を回る。「しょうゆ1つ頼むよ」。仮設住宅でヤマニ醤油の営業マンは声をかけられた
  • 高田営業所の鈴木泰治さんは、津波で祖母と母親を失った。今は仮設住宅で父親と暮らす。「高田に残りたかった」という強い思いを胸に、客の元へ今日もしょうゆを届ける(11日付日経MJより)=写真 小川望

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