息づく先人の思い

 過去の津波被害を伝承し、守り続けることで、東日本大震災の津波被害を最小に抑えることに成功した地域がある。そこでは祖先の教えが今も脈々と受け継がれていた。世代交代による記憶の風化を抑えるために残された石碑には防災の知恵があった。 (18日 20:00)

平安時代の869年(貞観11年)に起きた貞観地震で、島の両岸から押し寄せた大津波がぶつかったとされる場所(標高約10メートル)に建つ石碑。「ここより下は危険」という言い伝えを守り、石碑より高台に避難した島民(約1000人)の犠牲者は数人にとどまった。東日本大震災の津波は石碑の手前で止まった(宮城県東松島市の宮戸島)

  • 「石碑はかつて工事で埋められたが、島の言い伝えを守る人たちが掘り返した。今回も島民を救ったのはこの石碑。経験を後世に残すため、隣に新しい石碑を建てて石の説明を記録したい」と近くに住む観音寺住職の渡辺照悟さん(82)は話す(宮城県東松島市)
  • 明治時代から昭和にかけて住民の高台移転が完了し、東日本大震災の津波被害が少なかった岩手県大船渡市の吉浜地区
  • 地元の歴史を研究する木村正継さん(66)は「吉浜は1896年の明治三陸津波と1933年の昭和三陸津波で多くの犠牲者を出した。当時の村長らが高台への集団移転を完了させた話を知り、地元の過去に目を向けるようになった」と話す(岩手県大船渡市)
  • 「ここより下に家を建てるな」海抜60メートルの場所に建てられた石碑の警告を守り全ての家屋が被害を免れた岩手県宮古市の姉吉地区。「昭和三陸津波が石碑の高さまで来たことは聞かされていた。先代には感謝しなくちゃ」地区自治会長の木村民茂さん(65)はしみじみと話す
  • 頭部だけ見つかった重茂姉吉観音像に向かって手を合わせる木村さん。「津波の到達時間や高さについて、地区ごとに詳細で正確なデータがあれば、先代の教えが後世に伝わりやすくなる」と話す(岩手県宮古市)
  • 現在、岩手、宮城、福島の沿岸各地には多くの津波記念碑が建てられている。津波の記憶を語り継ぎたいという人たちの思いがつながっていく(宮城県南三陸町の戸倉折立地区)=写真 伊藤航