司馬遼太郎「峠」

北越戊辰戦争で長岡藩を率いて官軍と戦った河井継之助。激戦の舞台となった新潟県長岡市と小千谷市を歩いた。 (22日 12:00)

小千谷談判の決裂で継之助率いる長岡軍が占領した朝日山。夜明けの古戦場に朝もやが立ちのぼる

  • 小千谷談判の舞台となった慈眼寺の会見の間。 上座に並ぶ椅子の一つに腰掛けた官軍軍監・岩村高俊に向けて、 継之助は必死に口上を述べた(新潟県小千谷市)
  • かつて長岡城があった場所は広場となっている。冷たい雨が水たまりとなって広がる(新潟県長岡市)
  • 森立峠から見た夕暮れの長岡市街地。 官軍に長岡城を奪われた継之助はここから城下町を見つめた(新潟県長岡市)
  • 長岡城を奪還すべく、継之助率いる長岡軍が夜を徹して川を渡った八町沖。 長岡市出身の山本五十六の書が刻まれた石碑が残る(新潟県長岡市)
  • 河井継之助記念館に展示されているガトリング砲の模型。 長岡城が攻め込まれた際、継之助は自らガトリング砲を操り応戦した(新潟県長岡市)
  • 継之助の生家跡の庭にある2本の松。継之助は庭の松を竜に見立て、自らの号を「蒼竜窟」とした。 風害などで元の木は倒れてしまったが、残った幹に接ぎ木されて往時の姿を今に伝える(新潟県長岡市)