日めくりは今も3月11日

 壁に掛かる日めくりの日付は、今年も2011年3月11日のまま。東日本大震災直後、岩手県宮古市で「妻、恵美子 再会を信じて捜しています」と書いたボードを首から下げた中野晃さんは、がれきが散乱する市街地を歩き回った。しかし、二度とその笑顔を見ることはなかった。震災から6年、中野さんを訪ねた。 (10日 19:48)

中野さんの自宅の居間に掛かる日めくりは、この6年変わらず、2011年3月11日のままだ。「この日めくりだけは、決して変えることはない。私にとって妻との時間は止まったままだから」(17年3月5日、岩手県宮古市)

  • 11年3月21日、宮古市内で行方が分からない妻の恵美子さんを探し、がれきの町を歩き続ける中野晃さん。しかし翌22日、遺体安置所で眠る恵美子さんと対面した
  • 山菜を摘む中野晃さん。亡くなった妻の恵美子さんとよくここに来たという(11年5月31日、岩手県岩泉町)
  • 11月中旬にできた恵美子さんの墓を訪れ、納骨を行った。納骨できたことで「少しほっとしている」という(11年11月27日、岩手県宮古市)
  • 「元気でやっておりますという思いで、今年は年賀状を書くことにした」。年末は正月飾りを作り、スーパーなどに卸した。「ありがたいことに、この年でも仕事ができてさみしくないです」(12年12月9日、岩手県宮古市)
  • お盆で帰省した娘の鈴木幸枝さん(右)、孫の優美さんと縁側で話す中野晃さん(13年8月14日、岩手県宮古市)
  • 一人暮らしの中野さん。恵美子さんを失ってから自炊を続ける。「シイタケやナメタケは、自分で作っている」(15年2月23日、岩手県宮古市)
  • 「私の時間は過ぎていくが、妻の時は止まったまま」という(16年1月16日、岩手県宮古市)
  • 漁船の通信士だった中野さん。「地球を2周はした」という。遠洋に出れば何カ月か家を空けた。「離れても家族は大切。だから今も妻のことは忘れられない」と涙をにじませた(17年3月5日、岩手県宮古市)=小川望撮影

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