脳についてのウソと本当の話 男性脳と女性脳はある?
最新科学に基づく脳のメンテナンス法(下)
メディアやネットなどで流されている数多くの健康情報と同じように、脳に関する情報も科学的事実から噂やデマまで玉石混交だ。何が真実で、何がウソなのか。その代表的な例を最新刊『脳メンテナンス大全』の中から脳科学者の著者が紹介する。(前回までの記事は、第1回「脳は何歳になっても変えられる 生活習慣を見直すだけ」、第2回「早歩き、チョコ… 10分で脳を活性化させる10の方法」を参照)
クラシック音楽は胎教にいいって本当?
まず、人間は脳の10%しか使っていないというのはウソだ。それどころか休息中や睡眠中でも、脳を100%使っている。実際、睡眠中の脳は実に活発で、昼間に溜まった老廃物を除去するなど、重要な仕事をこなしている。
人類は地球上で最も大きな脳を持っているというのもウソだ。最大の脳を持つのはマッコウクジラ(ハーマン・メルヴィルの小説『白鯨』に登場するクジラ)で、脳の容積は人間の脳の5倍もある。大きな脳のおかげでマッコウクジラは大半の哺乳類より頭がいい。コミュニケーション能力が非常に優れていることが数々の研究によって明らかになっている。マッコウクジラは研究対象とするには大きすぎるが、同じクジラ目のイルカは、訓練すれば鏡を見て自己認識できるほか、海中の機雷や海で行方不明になった兵士を探すこともできる。
子どもを持つ人は、わが子にクラシック音楽を聴かせて育てると、幼稚園のクラスで一番賢い子どもになる、という話を聞いたことがあるかもしれない。しかし、ベートーベンを聴いて育った赤ちゃんには残念なお知らせがある。胎教に良いと謳(うた)うCDは大量に売られているが、クラシック音楽を聴かせても、胎児のIQは高くはならない。

脳の形は性格に影響する!?
ここから先は、ウソではなく真実を伝えよう。脳は痛みの感覚情報を処理しているが、脳自体は痛みを感じない。脳の手術では全身麻酔を用いるが、脳そのものは麻酔なしで切っても痛みはない。では、頭痛はどうだろうか。頭痛は脳の中が脈打っているように感じられるが、原因は、筋肉の緊張、副鼻腔の問題、血管の狭窄など、脳以外にあることが多い。
頭痛といえば、冷たいものを急いで食べたり飲んだりしたときに起きるブレイン・フリーズ(頭がキーンと痛くなること)を経験したことがあるだろう。「アイスクリーム頭痛」とも呼ばれるが、心配はいらない。チョコチップクッキー入りのアイスクリームを1パイント(473ミリリットル)食べても、ニューロンが傷つくわけではない(ただし、血糖値とインスリンには悪い影響がある)。ブレイン・フリーズは、脳の周囲の血管が急に収縮することで起きる。科学者に言わせれば、それは良いことで、冷たいものはもっとゆっくり食べなさい、と体があなたに教えているのだ。そうやって、脳内の温度を保つ手助けをしている。
脳の有益な特徴は、もう一つある。それは「忘れやすい」ことだ。脳には記憶したことを忘れるメカニズムが備わっていて、取るに足りない情報のために貴重な保存スペースを無駄遣いしないようになっている。誰かの名前や財布の置き場所を忘れても、焦る必要はない。それは脳の生存戦略の一部にすぎないのだから。
右脳人間や左脳人間というものは存在しないが、脳の形は性格に影響するという研究結果がある。開放的で創造的で、好奇心旺盛な人は、大脳皮質が薄く、その面積が広い。つまり、より広い皮質が折り畳まれ、その分、ニューロンの数が多いということだ。逆に神経質な人は、大脳皮質が厚く、折り畳みが少ないため、その面積は狭い。
興味深いことに、内向的な人は外向的な人に比べて、前頭前野の灰白質が大きく厚いことが研究によってわかっている。前頭前野は抽象的な思考に関係しているので、この違いは、内向的な人が他者と交流するよりも、抽象的な思考に多くの時間を費やしている結果だと科学者たちは考えている。これは脳の可塑性を裏づける、もう一つの証拠だ。
男性脳と女性脳はあるのか?
人間の脳の重さは平均で1300グラムほどだが、身長、体重、性別によって個人差がある。平均で男性の脳は1274立方センチメートル、女性の脳は1131立方センチメートルだ。男性の脳は女性の脳より1割程度大きい。それは、男性の体が女性より大きいからだ。この場合、大きいほうが賢いわけではなく、男女の知的能力に差はない。
だが、男女の脳には微妙な差がある。男性は、脳の前方と後方の接続が密になっており、それは周囲の状況を知覚する能力が高いことを示唆する。一方、女性の脳は、左脳と右脳の接続が密になっている。そのため女性は、情報を容易に収集し、より包括的な結論を導くことができると考えられている。もっとも、研究者の中には、こうした違いは生来のものではなく、育てられ方や社会環境がもたらした生物学的副産物だと考える人もいる。
記憶容量について言えば、脳は、スマートフォンやコンピューターをしのぐ。人間の脳は、デジタルメモリーにして250万ギガバイト相当の記憶容量を持つと考えられている。対してスマホの記憶容量は、最新の機種でも512ギガバイトだ。仮に脳にテレビ番組を録画する機能があるとしたら、300万時間分のテレビ番組を録画できる。300年以上テレビをつけっ放しにしていても録画できるほどだと、サイエンティフィック・アメリカン誌は形容している。
科学者の中には、脳をコンピューターにたとえる人がいるが、脳の内部構造はパソコンの内部とは似ても似つかない。人間の脳は、重量の75%が水、容積の60%が脂肪だ。そのため脳は十分な水分を必要とし、その水分が血液の循環をスムーズにしている。
脳神経科学者(Ph.D.)。神経内分泌学、神経生理学、神経遺伝学の研究に取り組む。ボストンカレッジで心理学の学位を、カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)で生理学の修士号を、UCLAデビッド・ゲフィン医科大学院で神経生物学の修士号と博士号を取得。また、ロサンゼルスのシダーズ・サイナイ・メディカル・センターで神経学の博士課程を修了。脳機能の研究や治療で全米に広く知られるエイメン・クリニックで脳機能イメージングの研究部長を務め、NFL(ナショナル・フットボール・リーグ)選手の脳損傷の解明と治療に関する画期的な研究を行った。著書に『脳メンテナンス大全』がある。

体のほかの部位や器官と同じく、脳もこまめに手入れをすれば見違えるように状態が改善され、発揮されるパフォーマンスが上がります。現在のコロナ禍で生じているストレスや不安は脳の健康を蝕(むしば)む大敵であり、今こそ脳のケアが求められています。
本書の著者で脳科学者のクリステン・ウィルミア氏は、アメリカンフットボール選手の脳損傷の実態解明とその治療に関する研究で大きな注目を集めた気鋭の脳科学者です。彼女は豊富な治療経験から、「脳の構造は非常に複雑だが、脳を変えるのは簡単。ライフスタイルを少し見直せばいいだけ」と語ります。そのノウハウを凝縮した本書では、科学的に裏付けられた脳にいい食事、運動、サプリメントは何か、脳に有害なストレスの撃退法などを、分かりやすく、具体的に解説します。
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