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脳をダマして緊張を克服 不安を「外在化」する方法

脳科学者に聞く「脳」の活性化術

NIKKEI STYLE

日経Gooday(グッデイ)

初対面の人に会うとき、人前でプレゼンをするとき。緊張してガクガク、失敗…という経験はないだろうか。緊張すると全力を発揮できず、伝えたかったことを十分に伝えられないなど、後悔にさいなまれるもの。「実は、緊張に弱いタイプの脳があるのです」と公立諏訪東京理科大学工学部教授で脳科学者の篠原菊紀さんは言う。緊張しやすい脳とは? さらに脳のメカニズムをうまく使い、不安を減らしてプレゼンを成功に導くポイントを聞いた。

「緊張に弱いタイプの脳」がある?!

――若い人よりも多少は経験を積んでいるとはいえ、仕事で緊張する場面は多々あります。初対面の相手が威圧的なとき、大勢を前に1人でプレゼンするときなどは、なおさらです。緊張すると、準備したことの半分も伝えられず、もったいないですよね。

今回はビジネスシーンでもよくある、「緊張の場面」について、脳科学の視点から教えてください。

篠原さん まずお伝えしておきたいのは、もともと「緊張に弱いタイプの脳」を持っている人がいる、ということです。数日後のプレゼンのことを考えると「どうしよう」という不安が頭の中でぐるぐる止まらなくなる。このような心理特性を持つ人を脳科学では「損害回避傾向や不安傾向が強い人」といいます。緊張に関しては世界中で研究が行われていて、有効な対処法も明らかになっているので後半で説明しましょう。

で、いきなりですが、これから私があなたとじゃんけんをして賭けをするとします。あなたが勝ったら1万円ゲットできる。でも負けたら1万円、私がいただく。さあ、この賭けに挑戦しますか?

――えっ、1万円もらえるのはうれしいけど負けたら1万円とられるのなら、やりたくないです。

篠原さん 確かに負けたら1万円とられるなんて、意味が分からないですよね(笑)。勝った場合に3万円もらえるなら「やってもいいかな」と思う人が増えるのです。リスクを避けたい、という思いを「損害回避傾向」と言い、人はもともと、損害のほうを重く見積もる傾向があります。損害の3倍ぐらいは利益が予測できないと行動したがらない。リスクをしっかり見る人間のほうが生き残る確率も高くなりますから、大切な性格傾向です。しかし、損害回避傾向が強すぎるタイプの人が中にはいます。以下のチェックリストでたくさん当てはまる人は、このタイプかもしれません。

「損害回避傾向」とは?
□何をするにも心配が先に立つ
□慣れない環境だとなかなか適応できない
□緊張しやすい
□人見知りするタイプだ
□疲労やストレスがなかなか抜けない

実は、損害回避傾向や不安傾向が強い人では、緊張する場面のときに前頭前野のワーキングメモリの働きが低下しやすくなることがわかっています。たとえば、プレゼン本番であなたが発表している最中に上司から想定外の質問が投げかけられる。すると落ち着いて考えればわかることも訳が分からなくなり、パニックに陥って頭が真っ白になってしまう、ということが容易に起こりえます。

――脳の前頭前野のワーキングメモリとは脳の「メモ帳」で、どんなに頭の良い人であろうとそのメモ帳の枚数は限られていて、人は同時に「あれ」「これ」「それ」の3つぐらいしか回すことができない、ということでしたね。ただでさえ処理能力には限界があるのに、損害回避傾向が強い人の場合、緊張するとそのメモ帳が一気に減ってしまうのですね。

篠原さん そう。損害回避傾向が強い人はもちろん、仕事のストレスで気が休まらないときには誰もが脳のメモ帳の枚数を食ってしまいます。ですから、人前でのプレゼンでテンパることも、パニックになりやすいのも致し方ない、だってメモ帳がもうないんだもん、と、まずはその現実を認めましょう。むしろテンパらない状態がおかしい、ぐらいに思っていいのです。

不安は「外在化」するべし。書き出す、話す、キャラに乗せる

――「緊張しやすく、緊張に弱い脳」があることがよくわかりました。そこを受け入れつつ、できる対処法があるのなら知りたいです。

篠原さん 人前で話すことを心理学では「パブリック・スピーチ」といい、古くから典型的なストレス要因として研究が行われてきました。

簡単に手をつけられるのが「不安を外在化する」という方法です。それをご紹介しましょう。

対処法1 不安を書き出す

不安を書き出すのはとても効果的です。もし本番のときに緊張したら、とか、失敗したら、とぐるぐる考えても問題解決なんてできません。その思いを外に取り出す=外在化すると、脳のメモ帳が空いて、使いやすくなります。「緊張するなぁ。うまくプレゼンできなかったら他社に仕事をとられてしまうから責任重大だ」「おなかが痛くなるかもしれない」…なんでも気にせず書き出しましょう。身近な人に話すことも、立派な「外在化」です。

――書くことはできても、弱みをそのまま人に話すなんてプライドがかえって傷つく気がする、という人がいるかもしれません。

篠原さん その場合はキャラに乗せるのがお勧めです。自分の人間性と切り離すことで、外在化がスムーズにいきます。

対処法2 キャラに乗せる

たとえば、漫画『鬼滅の刃』の超ヘタレキャラの我妻善逸(あがつまぜんいつ)くんになりきって「死ぬ死ぬ死ぬ、プレゼン怖い!」と大げさにビビってみる。のび太になって「ドラえもーん!」と泣きついてもいいでしょう。

――ああ、なんだか楽しそうですね。緊張や不安を押し込めようとしているときより、心が解放される感じがしてきます。

篠原さん そうでしょう? 外在化に関しては、シカゴ大学で実験が行われています。「これから試験をします」とストレスをかけて、試験前の10分間に自分が抱えている試験に関する不安を書き出す、という作業をさせると、不安を書き出さなかったグループに比べて、不安を書き出したグループはテストの成績が上がった、というものです[注1]

――なるほど、試験もワーキングメモリが必要とされますが、プレゼンでも十分応用できそうですね。不安はとにかく外に出すことで脳のワーキングメモリの負担を減らせるのですね。

[注1]Science. 2011 Jan 14;331(6014):211-3.

◇   ◇   ◇

次回も、引き続き「対処法」について聞いていく。

(ライター 柳本 操)

篠原菊紀さん
公立諏訪東京理科大学工学部情報応用工学科教授。医療介護・健康工学研究部門長。専門は脳科学、応用健康科学。遊ぶ、運動する、学習するといった日常の場面における脳活動を調べている。ドーパミン神経系の特徴を利用し遊技機のもたらす快感を量的に計測したり、ギャンブル障害・ゲーム障害の実態調査や予防・ケア、脳トレーニング、AI(人工知能)研究など、ヒトの脳のメカニズムを探求する。

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