背中に激痛が走る「急性膵炎」 発症したら一生断酒?

お酒が好きで、よく飲む人にとって、アルコールが原因の「急性膵炎(すいえん)」は怖い病気です。しかし、膵臓そのものは、どんな臓器なのかいま一つよく知られていません。なぜ飲酒が急性膵炎を引き起こすのか、どんな治療が必要なのか、どうすれば予防できるのか…。酒ジャーナリストの葉石かおりさんが、帝京大学医学部附属病院肝胆膵外科教授の佐野圭二さんにお話を伺いました。
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みぞおちと背中のあたりが痛い。
深酒をした翌朝、こんな経験をしたことはないだろうか?
筆者の周囲の酒飲みに質問してみると、多くの人が「ある」と答えていた。このような場合、普通の人は胃腸の不調を疑うだろう。しかし、たくさん飲むことが日常的になっている酒飲みは、「もしかしたら膵臓(すいぞう)がやられているのでは?」と不安になってしまう(筆者もそうだ)。
膵臓は、肝臓と同様、「沈黙の臓器」と呼ばれる。つまり、少々問題があっても痛みなどの症状がすぐに出るわけではない。しかも、肺や胃、腸などと比べたら、マイナーな印象の臓器だ。
それなのになぜ酒飲みが膵臓を心配するのかというと、飲み過ぎが「急性膵炎」を引き起こすと聞いたことがあるからだ。しかも、急性膵炎の痛みは尋常ではないらしい。2010年に急性膵炎を発症したお笑い芸人の河本準一さんが、「生爪を一気に剝がされたような激痛が背中を襲った」というのだから、いかにその痛みが耐えがたいものかが分かる。考えただけでも恐ろしい……。
そして、耐えがたい痛みに突然襲われる急性膵炎だけでなく、日常的な飲酒が関係する「慢性膵炎」もある。しかも、慢性膵炎から膵臓がん(膵がん)につながるケースもあるという。膵がんといえば、5年生存率(診断から5年後に生存している患者の割合)がわずか10%しかない、非常に治療が難しいがんだ。
急性膵炎の件もあり、酒飲みにとって膵臓はとても気になる存在なのだが、実際にはそれがどんな臓器なのかよく知らない。ここはぜひ、専門家に教わらなくては。帝京大学医学部附属病院肝胆膵外科教授の佐野圭二さんにお話を伺った。
みぞおちや背中に激痛が走る「急性膵炎」
先生、酒飲みが非常に恐れている急性膵炎ですが、そもそも膵臓はどこにあって、どんな役割の臓器なのでしょうか?
「膵臓は、胃の後ろ側に隠れるように存在する臓器です。そのため、膵臓が痛んでも胃の問題かと勘違いしてしまいます。また、膵臓の役割には、食べ物を消化するための消化液を分泌する外分泌機能と、血糖値を下げるインスリンなどのホルモンを分泌する内分泌機能の大きく2つがあります」(佐野さん)
膵臓のある場所

佐野さんに「急性膵炎は痛いと聞いていますが」と切り出すと、「はい、相当な痛みです」と即座に返ってきた。「急性膵炎では、上腹部が激しく痛みます。場所でいうと、へそとみぞおちの真ん中で、ややへそ寄りです。その周辺は下大静脈や大動脈があり、神経も集中していて、急性膵炎のときは背中に痛みを感じることもあります。その他、嘔吐(おうと)、発熱なども典型的な症状です」(佐野さん)。
「急性膵炎になっても胃痛と勘違いするのでは」と思っていたが、どうやらそんなレベルではないらしい。佐野さんによると、市販の胃薬で症状を緩和させようとする人もいるが、「動くこともできないような痛みの場合は、迷わず病院へ行くべき」と注意を促す。
「医師にとっても、症状だけで急性膵炎と診断するのは困難です。最終的には血液検査で、膵臓から分泌されるアミラーゼという酵素などの数値の上昇や、CT(コンピューター断層撮影)や超音波などの画像検査で、膵臓やその周辺のむくみといった異変を確認し、急性膵炎と診断します」(佐野さん)
「急性膵炎診療ガイドライン2015(第4版)」によると、2011年の1年間に急性膵炎として受診した人は約6万3000人で、近年は増加傾向にある。男女比はほぼ2:1で、男性は60代が最も多く、女性は70代が最も多かったという。
膵液が膵臓を溶かす アルコールが原因の一つに
それにしても、急性膵炎はなぜそんなに痛いのだろうか?
「それは、膵臓で作られる膵液が、膵臓そのものを溶かしてしまうからです。膵液の中には、食べ物に含まれるたんぱく質や糖質、脂質などを分解するためのさまざまな消化酵素が含まれており、それが膵臓そのものをドロドロに溶かし、炎症を起こすのです」(佐野さん)
膵臓で作られた膵液が、膵臓自らを溶かす。何だかホラーのよう……。そりゃ、痛いなんてもんじゃないだろう。続いて、最も気になるアルコールが急性膵炎を引き起こす原因について聞いてみた。
「体内でアルコールが分解されて生成されるアセトアルデヒドがトリガーとなって、膵液に含まれる消化酵素であるトリプシンが膵臓内で活性化されると、膵液が膵臓を溶かし、炎症を起こしてしまいます。トリプシンはたんぱく質を溶かす酵素であり、通常は十二指腸(小腸)内で活性化するのですが、そのような理由から膵臓内で活性化してしまうのです。もう一つの理由が、多量の飲酒によって膵液の通り道である膵管の出口がむくむことで膵液が通りにくくなり、膵液が膵臓の中で滞ることが挙げられます」(佐野さん)
佐野さんによると、さらに恐ろしいことに、「急性膵炎はその痛みによってストレスが高まり、そのストレスがトリプシンをさらに活性化する、という悪循環になる」という。
先ほどの「急性膵炎診療ガイドライン」によると、男性の場合、急性膵炎の原因のうち最も多いのがアルコールだが、女性の場合、最も多いのは「胆石」となっている。胆石とは、膵液とともに食べ物の消化に関わる胆汁の成分が石のように固まってできたもの。膵液と胆汁は、いずれも管を通って十二指腸に流れ込むが、その出口が同じところにある。そのため、胆石が胆管の出口付近に詰まると、膵液の流れがせき止められて、膵液が膵臓の中を逆流したりするのだ。
胆石が原因の急性膵炎の仕組み

脂っこいものをたくさん食べるとさらにリスクが高まる
それでは、いったいどれぐらいのお酒を飲むと、急性膵炎を引き起こしてしまうのだろうか。その目安が知りたいところだ。
「アルコールの耐性には個人差がありますし、『これだけ飲んだら膵炎になる』という基準は分かっていません。ただ、『急性膵炎診療ガイドライン』では、純アルコールで毎日48g(日本酒換算で約2.5合)を摂取する人は、まったく飲まない人に比べて急性膵炎の発症リスクが2.5倍になるというデータがあります。また、何日も続けてたくさんお酒を飲むと急性膵炎になりやすい。ですから、年末年始や3~4月のように、宴会や飲み会が集中する時期は、急性膵炎の患者さんが多い印象ですね」(佐野さん)
ちなみに、2011年に急性膵炎を発症したお笑い芸人の福田充徳さんは、ビール2リットルに焼酎ロック3杯を1時間で飲んでいたという。明らかに飲みすぎだということは、医療従事者ではない筆者にも分かる。
コロナ禍では幸か不幸か、宴会や飲み会がなくなっているため、急性膵炎で運び込まれる人も減っているそうだ。だが、新型コロナが収束し、かつてのように宴会や飲み会が開かれるようになったら、また患者が増えていくかもしれない。
また、アルコールに加え、脂っこいものをたくさん食べると急性膵炎になるリスクが上がるそうだ。脂っこいものを食べると、それを消化するために膵液がたくさん分泌されるからだ。宴会で大量の揚げ物を食べてお酒を飲み続けるのはキケンかもしれない。
治療のあと待っているのは…「断酒」
では急性膵炎になったら、どのような治療を行うのだろうか。
「まずは膵液が分泌されないように、飲まず食わずの状態で安静にします。そのため、軽症であっても1週間ほど入院することになるでしょう。重症になると、膵臓だけでなくその周辺の組織まで壊れてしまい、10人に1人は亡くなってしまいます」(佐野さん)
恐るべし、急性膵炎……。しかも、それだけではない。佐野さんはこの後、容易ならざることを言った。
「残念ながら、急性膵炎を発症したら、その後はお酒を断っていただくしかありません。アルコールが原因で急性膵炎を発症した人のうち、およそ半数は再発するといわれていて、そのほとんどが断酒できなかったのが原因ではないかとされています。しかも再発の80%は4年以内だったという報告もあります」(佐野さん)
断酒! これは酒飲みにとって、かなりショックな情報である。人生の喜びを失わないためにも、普段から酒量をコントロールして、膵臓を適宜休ませてあげたほうが良さそうだ。
佐野さんによると、「急性膵炎を繰り返すと、10%程度ではありますが、慢性膵炎に移行する人もいます」という。
慢性膵炎には、また違った怖さがある。長期にわたって進行すると次第に膵臓全体がカチカチに硬くなり、膵臓の機能が落ちていく。重篤化すると必ず糖尿病にもなり、症状を伴う場合は膵臓と小腸をつなぐ手術を行うなど、治療もハードなものになる。次回は慢性膵炎について、引き続き佐野さんにお話を伺っていこう。
(文 葉石かおり=エッセイスト・酒ジャーナリスト)
[日経Gooday2021年10月8日付記事を再構成]

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