脳科学的「部下の褒め方」の極意 目的別に2つの手法
科学者に聞く「脳」の活性化術
相手の行動をかみ砕き「具体的に褒める」ことでやる気アップ
――今回は「褒め方」について教えてください。というのも、中間管理職の立場にある人と話をすると、「部下をどう褒めたらいいのかがわからない」と悩んでいる人が多いようです。部下のモチベーションを高めたい一方で、褒めすぎるとそれが当たり前になってかえってやる気が伸びないのでは、など、悩みはつきないようです。
篠原さん まず、褒める目的はどこにあるのかを考えてみましょう。例えば「部下を褒める」というときには、褒めることによって相手の行動をねぎらいたいというほかにも、モチベーションを高めてもらって次の成果にも結びつけてほしい、という目的がありそうですよね。
――まさにおっしゃる通りです。褒めることが次の行動にプラスにつながるなら、すごくいいですね。

篠原さん 褒めるときには、目的別に2つの方法があります。今お話ししたような、相手のやる気を高めたいときの場合には「具体的な行動を褒める」、一方、相手が意欲や自信をなくしてしまっているようなときには「相手の存在そのものを褒める」のが大切です。
――目的によって、何を褒めるか、どう褒めるかが違ってくるのですか。
篠原さん そうです。部下のモチベーションを高めたいときには、脳で言うなら「行動と快感を結びつける」ことが有効です。
「この行動をしたら褒められた!」という経験によって、脳では、やる気の中核と言われる「線条体」が活性化します(図)。
線条体とは、快感に関わるドーパミン神経とつながっている部位で、行動と快感が結びつくことによって意欲が高まる、つまり具体的な経験の蓄積をエサにして活性化しやすくなる部位です。
ですから、「がんばったね」というレベルではなく、さらに具体的に「伸ばしてほしい行動を褒める」のがコツです。
例えば、「取引先は判断に時間がかかる人だから、今回、早めに連絡しておいてくれたことが功を奏したよ、ありがとう」とか「作ってくれた資料の見出しのあのフレーズは斬新だったね」というふうに、具体的に伝えます。そのためには、相手のとった行動を細かく分解して、相手に応じて褒めポイントを見つける観察力も必要になります。

――なるほど、「褒めれば伝わる」と思っていると、「がんばったね」「今回は大変な仕事だったよね」というふうに、ふわっとした伝え方をしがちになります。より具体的に相手の行動をかみ砕いて伝えるほうが、相手のモチベーションアップにつながるのですね。
篠原さん ちなみに行動と快感を結びつける「線条体」は、40代、50代になったときに最も充実することもわかってきています。脳の司令塔である「前頭前野」や記憶の引き出しの「海馬」は年齢とともに衰えてきやすいのですが、「線条体」は脳の使いようによっては機能を高められます。
褒めると脳に直接働きかけてスキルが高まる、という研究も
――行動を具体的に褒めて線条体を活性化する褒め方は、若い世代だけではなく全年代に有効なのですね。
篠原さん 褒められることは意欲を高めてその人のモチベーションアップにつながるため、結果的にパフォーマンスを高めることにつながります。それだけでなく、褒められるという刺激が脳に直接働きかけて、スキル定着を促すのではないかという興味深い研究が以前から報告されています。
2012年に医学雑誌「PLoS One」で報告された研究では、48人の被験者に対して、30秒間でキーボードをある順番でたたく、という課題をやってもらいました。これは運動技能の記憶実験でよく用いられる課題です。
研究のポイントは、課題実施直後に「褒める対象」を変えたこと。
参加者はディスプレーを通して
(1)自分のトレーニングの結果を自分が褒められるグループ
(2)他の参加者が褒められるのを見るグループ
(3)自分の成績だけをグラフで見る(褒められない)グループ
の3つに分けられました(図)。
その結果、(1)の「自分が褒められた」参加者は、翌日に、課題で学習した結果を予告なく思い出させるテストを行ったときに、(2)や(3)のグループよりも有意に好成績を出しました(グラフ)。一方、新たな課題や、ランダムに並べられた課題を行うときの成績は3グループ間で差がありませんでした。
つまり、トレーニングを行った特定のスキルに関する脳のネットワークだけが、その課題の直後に「褒められる」ことによって定着した。この結果は、褒められることによる運動技能記憶の向上が、褒められてやる気が起きたとか、練習量が増えた、というような結果で起きたのではなく、脳に直接的な効果を及ぼすことを示しています。
褒められると運動技能の成績が上がった


――行動をしたときに具体的にその場で褒める、ということは、実際に脳になんらかの働きかけをして記憶学習効果を高めるのですね。
篠原さん 2020年にはこの研究をさらに発展させた報告がされています。96人を対象に、ディスプレーを介して褒められた場合やロボットに褒められた場合のスキルの向上を調べたところ、2人(2方向)から褒められた人は、1人(1方向)から褒められた人や褒められなかった人に比べて、運動技能の向上が有意に高くなったというものです。「1人よりも2人から褒められたほうが、伸びる」わけです[注1]。
――「褒め」の効果を高めたいときには、別の人とも情報交換をして、多方向から相手を褒めるのも良さそうですね。
[注1]Masahiro Shiomi, et al. PLoS One. 2020 Nov 4;15(11):e0240622.
「存在を褒める」のは抽象的な言葉でいい
――褒める、という日常的なコミュニケーションが脳科学において研究されていることがよくわかり、興味深いです。では、2つめの褒め方「相手の存在そのものを褒める」について教えてください。
篠原さん こちらも重要です。特に、人事管理や労務管理の立場にある人は知っておきたい視点です。
仕事でなかなかパフォーマンスを発揮できずに疲労をためた場合など、うつ状態に近い状態になってしまうこともあるでしょう。話は飛びますが、学校教育の現場などでは、どうしても褒めてくれない家庭で育っている子どもも存在します。無関心とか、常に叱られるといった状況にあるお子さんがいたら、教育現場ではそれこそなんでもいいから褒めて「この場では自分の存在が認められている」と感じさせることが必要、とされています。
それって虐待のような特別なケースでは?と思うかもしれませんが、仕事においても、不安に襲われることは誰しもあるでしょう。「自分の仕事は役に立っているのかな」「上司は評価してくれているのかな」というふうに思い詰めると、意欲は低下するし、不安にもなります。
――なるほど、何か手柄を立てたときには、前述のように「具体的行動を褒める」のが有効ですが、相手が意欲や自信をなくしているときは、相手を元気づけたい褒め方、つまり「存在そのものを褒める」ことが大事になるのですね。では、「存在そのものを褒める」にはどうすればいいのでしょうか。
篠原さん 例えば、自信をなくした子どもたちを相手にする場合は、髪の毛の長さ、ほっぺたのぽにょぽにょした感じ、靴の色でも、なんでもいいから、上から下までなんでも褒める、そんなイメージです。
私などは学生が相談にやって来たら、一発目の言葉として「よく来たね」「すごいね」と言って褒めます。そうすることが、自己肯定感やまた来るモチベーションにつながりますから。
――言われてみるとその通りだと思いますが、自分が疲れていたりするとなかなかできないことでもあります。相手の存在を褒めるときのポイントはありますか。
篠原さん この場合の褒め方は、ものすごく抽象的でいいんですよ。「すごいね」とか「やるじゃん」とか、「そのスマホケースいいね」とか、何言ってるかわかんないよ、というようなことでもいい。相手に対するプラスの言葉は勝手に耳に残っていきます。枕詞(まくらことば)のように褒めるのです。
――リモートワークが定着して、直接会って会話することが減ってきているので、オンラインのときなどにも今回教わった「褒め」を心がけてみたいと思います。
◇ ◇ ◇
次回は、「褒める」以上に悩みの種になりやすい「叱る」について、相手に必要以上にダメージを与えず、こちらの意向を伝えるための方法について聞く。
(ライター 柳本操、図版制作 増田真一)
[日経Gooday2022年9月29日付記事を再構成]

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