糖尿病治療を激変させる新薬 オンライン診療がカギに
HDCアトラスクリニック院長 鈴木吉彦
第2次世界大戦後、父は帰郷し東北大学医学部を卒業しすぐ開業医となりました。貧窮した家族を養うためでした。専門は呼吸器内科。当時は結核が深刻な病気で、結核治療薬は1回の注射がサラリーマンの月給になる程の高価な薬剤だったそうです。
父が医学部卒業当時の「日本結核学会」はすごい人気で、学術集会が開かれると、学会員が会場にあふれていたそうです。ところが、特効薬が発売され結核患者が激減すると、学術集会に参加しても数人がいるだけになったといいます。
「スペシャリティーは、いずれコモディティー化する」と日常会話で使います。医療分野でも、特効薬がひとつ製品化され発売され、コモディティー化することがあります。その結果、「メジャー」分野が「マイナー」分野に変わってしまうことはあり得るのです。
1983年、私が大学を卒業したばかりの頃、東京都済生会中央病院に勤務するための面接をうけました。すると、「君は変わっている。糖尿病を専攻したいと求職してきたのは君が初めて」と言われました。
つまり、当時の糖尿病はマイナー中のマイナー分野で誰も専攻したいと思わず、たとえ開業してももうからないし、つぶしがきかないと考えられていました。
その後、人間ドックや健康診断で血糖値やHbA1c(ヘモグロビンエーワンシー)を調べることが普通になり、たくさんの糖尿病患者が見つかり、医薬品市場は拡大し開業医でも利益がでる医療分野になりました。以前はマイナーとされていた医療分野が、こんなにもメジャーと考えられるのかと時代のギャップに驚きます。

糖尿病治療に史上最強の効果を与える治療薬が登場
ところが先日、私に、「Tirzepatideに関してのお知らせ」が届きました。「糖尿病分野の最終兵器」と言われる新薬の発売が秒読み段階に入ったのです。
Tirzepatideという新薬は、2型糖尿病患者の半数以上の患者のHbA1cを5.7%未満まで下げます。私が、これまで体験したことがないくらいすごい「特効薬」です。もちろん一般開業医でも処方ができます。HbA1cの下降曲線は、従来の薬品と比較にならないくらいシャープに下がります。2026年には、世界の処方薬売り上げトップに君臨すると予測されています。
そうなった時、「特効薬:Tirzepatide」を「オンライン診療」が加速させるのなら、一般開業医でも処方箋をどんどん出せます。糖尿病専門医の存在価値は急降下していくことでしょう。その時、どのプラットフォームにいたら、「特効薬」を処方する医師がいるか探せるかが議論されるはず。そして、そこで検索された医師が、患者さんが希望する時間枠で「オンライン診療」を開いていたら、その外来は超人気外来になるに違いありません。
そう考えた時、自分は廃れていく側に立ってはいけないと切に思いました。父が「結核治療」で得た苦い教訓を、私は「糖尿病治療」で生かさなくてはいけないと思ったわけです。
「オンライン診療」での「D to P with D」
今後は、「D to P with D」という概念が普及します。これはどういう意味かというと、Dはドクター(doctor)の意味。Pは患者(patient)の意味。Dには専門医と一般総合医の意味があります。ですから、「D to P with D」は、「専門医が患者をみて、患者の傍には一般総合医がついてみている」という状態を指します。
糖尿病診療で例えると、血糖値やHbA1cを測定するのは、3カ月に1回の近隣の一般内科医で採血データなどを採取する。間の3カ月に2回は、糖尿病専門医と「オンライン診療」で診察を受ける、処方箋を受け取る、という意味になります。
こうした構図が普及すると、糖尿病専門医は、これまで3カ月に3回(月1回)、外来で診察していた患者さんが3カ月に2回の受診に減ります。その分の収益は減ります。さらに、HbA1cが、かりに5.2%くらいにまで下がってしまえば、もはや専門医にかかろうと考える患者さんはいなくなるでしょう。糖尿病網膜症の治療を得意とする眼科医はいなくなり、糖尿病腎症を指導する腎臓内科の医師や管理栄養士のニーズも減ります。
その結果、糖尿病専門医でありたいと願う医師は激減。糖尿病学会は縮小し肥満学会のほうが大きくなり、次は「肥満治療を専攻しよう」と志向する医師が増えるはずです。
独自の「オンライン診療」プラットフォームを新設するワケ
そういう時代になることに、私は3年前に気がつきました。欧州糖尿病学会(バルセロナ)まで赴き、この新薬の臨床成績を聞いたためです。その瞬間から戦慄が走り始めました。これが、今回、独自で新規プラットフォームを創設しようと構想し始めた理由(ワケ)です。
「スペシャリティーは、いずれコモディティー化する」。それによって「需要と供給」のバランスが崩れ、ひとつの専門分野がメジャーからマイナーにかわる、そんな将来予測があたるかあたらないかは解りません。ただ、かつて「結核治療」がそうだったように、「歴史は繰り返される」可能性は高いのです。
よって今は、優れた医療施設を検索できる「オンライン診療」プラットフォームをコツコツと創っています。なぜかというと、この連載の2月の記事〈世界的ネット大手の常識を覆す 「The 開業医」の挑戦〉で解説したように、グーグル検索だけでは優秀な医師が見つかり診察を受けられるとは限らないからです。
前回コラムで解説したように、斬新な発想で、どんな遠隔地からでも、患者さんにマッチした優秀で勉学に努めている医師を素早く見つけられるイノベーションを起こせるかは、今後を、ご期待ください。そのため、3年間で独自特許を4個、必死で考えました。

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