体質も変える腸内細菌って何? 重さは1.5キロにも
働きもののカラダの仕組み 北村昌陽
「腸内細菌」という言葉を耳にしたことがある人は少なくないはずだ。腸の中にビフィズス菌、乳酸菌など無数の細菌がすみついていて、私たちの健康に大きな影響を与えている。お通じ対策はもちろん、最近では美肌やダイエットにも「腸内細菌の改善を」といわれるほどだ。
でも、みんなが常識と思っていることほど、案外基本的なことが抜けているもの。そこで「知ってるようで実は知らない腸内細菌の実像」を探っていこう。ガイドは、日本の腸内細菌研究の第一人者、理化学研究所の辨野義己(べんの・よしみ)さんだ。
まず、腸内細菌ってどのくらいいるのだろう?
「10年ほど前までは、1人の腸の中に100兆個といわれていました。でも今ではその5~10倍、500兆~1000兆個はいると考えられています」
…ちょっと待って。いきなりえらく増えたけれど、何が変わったのですか?
「以前は、ウンチを培養して調べていたんです。でもその後、腸内細菌の80%以上は培養しても生きられないとわかりました。腸の中は無酸素状態。外界では育たない菌が多いのです」
へぇ~、腸の中には酸素がないのか。辨野さんによると、培養をせずに便の中から細菌の遺伝子を同定する方法が確立されたため、近年、新しい菌がどんどん見つかっているという。
ちなみに人体の細胞総数は60兆個。これでも大変な数だが、腸内の細菌数はこれより一ケタ以上多いわけで、もう果てしないほどの数なのだ。菌の種類も以前は100種類程度といわれていたが、今では500~1000種と見積もられている。
~腸の中にすみついた無数の微生物。その実体は限りなく「体の一部」~

菌の総量は1.5キロ 肝臓並みの重さ
菌は、腸のどこにすみついているのだろう?
「腸の内視鏡写真で粘膜がヌメッとしていますね。あのねばねばが菌のすみか。菌の総量は1人分で1.5キロほどです」
この重さは肝臓とほぼ同じ。肝臓は人体最大の臓器とされているが、腸内細菌の総重量はそれと同等だ。また肝臓は、数百~数千種類の化学反応を行っているといわれるが、腸内細菌も全部で1000種類もいるわけで、同じぐらい多種類の働きをしている可能性が高い。つまり腸内細菌は、肝臓に匹敵する体内最大級の"臓器"なのである。
菌の食べ物は、腸内を進んでくる消化物。菌ごとに好みが決まっていて、特定の菌はほぼ特定の成分を食べる。その菌の排泄物は別の菌の食べ物になる。その排泄物をまた別の菌が食べ、それをまた次……といった具合に、1000種の菌は食べ物の連鎖でつながっている。
連鎖の過程で発生する成分の一部が腸から吸収されて、体の健康に影響を与える。良い影響なら「善玉菌」、悪い影響なら「悪玉菌」と呼ばれるわけだ。
「このほか、"日和見菌"と呼ばれるグループもいます」。日和見菌はその名の通り大勢に流れる性質の一群で、善玉菌が強いときはおとなしいが、悪玉菌が強くなると一緒になって悪さをし始める。数の上ではこれがもっとも多く、全体の約7割を占める。「3群の比は2対1対7ぐらいが理想。そんな状態なら、黄色がかったバナナ状のウンチがつるりと出ます」

菌バランスによって"体質"が変化する

菌のバランスは、代謝や免疫といった体の機能に大きな影響を与える。「例えば肥満の人には、特定の菌が多いことがわかってきました。"太りやすい体質"が、腸内細菌に左右されている可能性があるのです」
遺伝子によって決まる体質と違い、腸内細菌は流動的。食べ物などによってバランスが大きく動く。つまり、体質が変化する。ここが、肝臓のような内臓との違いだ。ヨーグルトや納豆を食べる意味もここにある。
「たくさんの人の腸内細菌を調べてデータベース化すれば、菌の種類と病気の関係がわかる。菌を制御して病気を防ぐ方法も見えるはず」。そんな「腸内細菌プロファイル」の構築を目指して、辨野さんは今日も便のサンプルを調べている。
生命科学ジャーナリスト。医療専門誌や健康情報誌の編集部に計17年在籍したのち独立。主に生命科学と医療・健康に関わる分野で取材・執筆活動を続けている。著書『カラダの声をきく健康学』(岩波書店)。最新刊は『スゴイカラダ~あなたの健康を保つ驚くべきしくみ』(日経BP社)。
[日経ヘルス2009年12月号の記事を基に再構成]
健康や暮らしに役立つノウハウなどをまとめています。
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