感情はどこから? 実は生存をかけて脳が下した判断
働きもののカラダの仕組み 北村昌陽

現代の社会では、感情をストレートに表したり、ものごとを感情任せで決断するのは、大人の振る舞いとしてふさわしくないという考えが一般的だ。でも一方で、感情をいつも抑え込んでいると、メンタルヘルス的に好ましくないことも、よく知られている。
出しすぎても、出さなすぎてもダメ。感情って、なんとも厄介な存在だ。
そもそも人間にとって、感情って何なのだろう? そこで今回は、感情心理学の専門家、名古屋大学大学院心理学講座教授の大平英樹さんに、話を聞いてみることにした。「感情は、生き物が生きていくために身につけた機能。もともと重要な役割を担っているのですよ」と大平さん。ほぉ~、おもしろい話になりそうだ。
感情を作り出す場所「扁桃体」の大事な機能
「脳の中で、感情の形成に関わる部位のうち、一番重要なのは"扁桃体(へんとうたい)"です」
扁桃体は、脳の左右にある神経細胞の固まり。アーモンドのような形をしているので、扁桃(アーモンドの和名)という名前がついたという。「扁桃体は、何かを見たり聞いたりしたとき、それが生存に関わる重大なものであるかを一瞬のうちに評価します」


例えば、ふと目の前に、ヘビのようなものが見えたとする。「ヘビだ」と意識が気づくより早く、映像が目に飛び込んでわずか40ミリ秒後には、扁桃体が興奮している。「これはやばいぞ!」と評価したのだ。
その結果、体はとっさに逃避体勢をとる。同時に、心の中に嫌悪感という感情がこみ上げる。それで私たちは「ぎゃっ!」と叫んで飛び退くことになる。
つまり感情とは、扁桃体が下した評価を体に伝えるメッセージ。命に関わるような大事な判断を伝えているのだ。ヘビの場合は嫌悪感だが、空腹時に食べ物を見たような場合なら、幸せな感情が湧いてくる。
扁桃体の反応は、スピード優先。あとでよく見たら、実はヘビのおもちゃだと気づくこともあるけれど、本当に毒ヘビだった場合のリスクに比べたら、その程度のミスは問題にならない。生き物のしくみとしては、何より生存が優先なのだ。「人生では、大事な決断をしなくてはいけないけれど、判断の材料が乏しいという場合があるでしょう」と大平さん。「頭でいくら考えても、どちらが正しいとも言えない。そんなときは、"好き、嫌い"のような感情に任せると、扁桃体がけっこういい判断をしてくれますよ」。
なるほど~。感情の重要性はわかった。とはいえ、いつも感情のままに振る舞うわけにもいかない。感情をコントロールするしくみもあるはずだ。
扁桃体の興奮を抑える前頭前野の働き
「ええ。扁桃体の興奮を抑えるのは、前頭前野(ぜんとうぜんや)の働きです」
前頭前野は、脳の前方に広がる領域で、理性や論理的思考を行う場所。ここが扁桃体にブレーキをかける。ヘビの例でいうと、動物園でヘビを見た場合は、山の中で遭遇したときほど恐怖を感じないだろう。これは前頭前野が「動物園だから安全」と状況判断して、自動的に扁桃体を抑えているためだ。
「自動的に抑えるしくみと、意図的に抑えるしくみ、人間はどちらも持っています。でも意図的に感情を抑えても、なかなかうまくいかないですね」
確かに。特に、怒りや悲しみのようなネガティブな感情は、無理に抑えられるものでもない。とすると、頼りになるのは自動制御の方か。「瞑想は、この自動制御能のトレーニングなのですよ」
へー、そうなのか。逆に、自動制御能を下げてしまう要因の代表例は、ストレス。頭が疲労困憊すると、感情も暴走しがちなのです。
注意しましょう。

生命科学ジャーナリスト。医療専門誌や健康情報誌の編集部に計17年在籍したのち独立。主に生命科学と医療・健康に関わる分野で取材・執筆活動を続けている。著書『カラダの声をきく健康学』(岩波書店)。
[日経ヘルス2013年3月号の記事を基に再構成]
健康や暮らしに役立つノウハウなどをまとめています。
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