東洋医学「脈診」の不思議 カゼの引き始めは脈が浅い

テレビの歴史ドラマで、こんなシーンを見たことはないだろうか。病にふせったお殿様の手を、医術の達人が取って、脈を診る。「肝が弱ってますな」と、おもむろに薬を取り出す……。
東洋の伝統的な医学に「脈診(みゃくしん)」という技法がある。脈の状態から病状を見立てる方法だ。テレビドラマが本当なら、かなり細かい診断までできるようだ。
でも、いったい何を見分けているのだろう。そこで今回は、東洋医学の医師、北里大学東洋医学総合研究所の川鍋伊晃さんに「脈の読み方」を教えてもらうことにした。素人にも、何かわかるのだろうか?
「脈の特徴は、短時間で大幅に変化すること。それを診るのが脈診です」。川鍋さんはこう話し始めた。
ストレスが強い人の脈は 朝晩でもせわしない
「普段の生活でも、階段を上ったり、何かに緊張すると、すぐに脈が速くなるでしょう? その瞬間の体の状態をキャッチして、刻一刻と変化するのです。鍼治療の前後で脈を診ると、かなり変化しているのですよ」
ほー、そうなんですか。でも普段、頻繁に脈を診るわけではないので、"変化する"と言われてもピンとこない……。
「まずは一回、目覚めた直後、日中、寝る前などと時間を変えて触れてみてください。けっこう違うものですから」
なるほど。実際に試してみると、朝と夜の脈は比較的ゆっくりしている。これが日中(特に仕事中)はもう少しペースが速く、拍動も強く、ややせわしない感じだ。確かにけっこう違う。
「普段の自分の脈を把握しておけば、何か変化があったとき、"普段と違う"と気づきます」
例えば、強いストレスを受けた場合、夜になっても脈が落ち着かないことがある。夜だけならまだいいが、一晩眠った朝の脈もせわしないならちょっと問題。それが連日続くようなら、ストレスがたまり始めた証拠。
「ストレスをため込んでいる人は、自分では気づきにくいものです。でも脈には、体の状態がダイレクトに現れる。毎日脈に触っていれば、そういう変調に気づきやすいでしょう」
さらに「脈の深さ」というポイントもある。これは、触れた指先を徐々に圧迫していって、どのあたりで強い脈を感じるかを診る。 「少しだけ圧迫したときに最も強いのが標準状態ですが、カゼの引き始めなど免疫活動が活発なときは、『浮脈(ふみゃく)』といって、圧迫し始める前に最も強く脈を触れます」
おぉーこれは少し高等テク。でも、いつも自分の脈に触れていれば、深さの変化もけっこうわかるものだという。それでカゼがわかるのか。覚えておこう。
妊婦さんの脈は"玉が転がるように"脈打つ
では最後にプロの技の話を。東洋医学の脈診では、手首に3本の指を当てる。これを両手で行い、計6本の指に伝わる脈のバランスや、拍動の質感などを感じて見立てをするという。
~東洋医学の脈の見方3本の指で手首に触れる~


「古典の本には、脈のパターンが28種類あると書いてあります」
28種。そこまでいくと、素人にはちょっと難しい……。
「まあ、私も全部はわかりません。でも、比較的わかりやすいものもあります。例えば妊婦さんの脈は独特ですね」
妊婦の脈は「滑脈(かつみゃく)」といって、一拍ごとの感触が"玉が転がるように"ドクンドクンと脈打つそうだ。ドラマでも、脈診でご懐妊を言い当てていた――。身近な人が妊娠したら、脈を取らせてもらおう。
「いろいろな人の脈を診ると、せわしない人、ゆったりした人など個性豊かで面白いですよ」
ほぉ。ちなみに川鍋さんは?
「私の脈は、典型的な虚(きょ)の脈。みんなから『生きてる?』と心配されるぐらい弱いですが、それでも日中は強まります。ちゃんと生きてるんですよ」
脈を読み解く三つのポイント 「速さ」「強さ」「深さ」をチェック


自分の脈に毎日触れてこんなサインに注意しよう

●カゼの引き始め→浮の脈になる
普段より"脈が浅い"と感じたら、カゼのサインかもしれない。そんなときは温かくして、早く寝よう。
●妊娠したとき→滑(かつ)の脈になる
妊娠すると血流量が増え、脈がダイナミックにドクンドクンと触れる。「もしや?」と思ったら検査を。
この人に聞きました

かわなべ・ただあき。北里大学東洋医学総合研究所漢方診療部。専門は漢方、神経内科。「専門的な脈診は難しいですが、自分の脈に日ごろからよく触れていれば、『いつもと違う』のは比較的わかりやすいでしょう。体調管理に役立てば幸いです」。
(ライター 北村昌陽)
[日経ヘルス2013年7月号の記事を基に再構成]
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