牛乳パックや小銭、落としそうに これは筋力の衰え?
中野ジェームズ修一のカラダお悩み解消講座 第4回

カラダについてのお悩み、ありませんか? 体調がいまいちよくない、運動で病気を予防したい、スポーツのパフォーマンスを上げたい…。そんなお悩みを、フィジカルトレーナーの中野ジェームズ修一さんが解決します! 今回は、牛乳パックをつかんだときに落としそうになり、筋力が衰えたのではというお悩みです。
50歳でもう老化? 牛乳パックをうまくつかめない
会社員の男性です。今年、ちょうど50歳になります。
最近、気になることがあります。物を落としそうになったり、実際に落としてしまったりすることが増えてきたのです。
例えば、冷蔵庫から牛乳パックを取りだすとき、きちんとつかんだつもりが、ツルッと滑って落としそうになったり。表面が少しぬれていたせいかもしれませんが、「あれ、握力が落ちてきたのかな」と心配になりました。
そういえば、コンビニでお釣りを受け取るときも、手をきちんと差し出しているつもりが、落としそうになったりします。
母親が以前、「物をよく落とすようになった」とボヤいていたことを思い出し、「もしかして自分も老化が始まっているのでは」と、悶々(もんもん)とした気持ちになりました。
また、体力の低下というか、体が思うように動かなくなっている気もします。
3人の子どもがいますが、一番下の息子は、まだ小学2年生。コロナで学校が休みになり、その息子と公園でサッカーボールを蹴って遊んだときのことです。子どもが返しやすい位置に蹴ったつもりが弱かったり、自分の足がボールに届いたと思ったのに届かなかったりと、思うようにできなかったのが気になっています。
まだまだ子どもと遊べる父親でありたい、と思うのですが、やはり"老化"を感じずにはいられません。
今からこんな調子では、息子が成人するまで大丈夫なのか、と不安にもなります。この衰えを止める方法があれば教えてください。
筋力の衰えではなく、「固有覚」の衰え
冷蔵庫から牛乳パックを取り出すときに落としそうになったり、落としてしまったりしたことは、誰にでもあるでしょう。そういうことが続くと、「握力が衰えたのでは」と不安になるかもしれません。
物を落としやすくなっただけでなく、公園でお子さんと遊ぶときに、体が思うように動かなかった、とのこと。ただ、これらは単純に、筋力が衰えたり、年のせいで体力が落ちたから、とはいえないと思います。
牛乳パックを落としてしまった人でも、それを買い物袋に入れて持つのは楽勝ですよね。スーパーに買い物に行ったら、もっと重いものを持って帰ってくることもあります。つまり、筋力は十分にあるのです。
トレーニングの現場でも、ダンベルを渡すと、クライアントが落としてしまったり、うまくつかめなかったり、ということがあります。これも、筋力が不足しているからではありません。
これらは、専門的な言葉でいうと「固有覚」が衰えていることの表れです。固有覚とは、トレーニングやリハビリテーションの分野で使われる言葉で、「固有受容感覚」や「深部感覚」ともいいます。
固有覚は、下図のように大きく4つに分けられます。
「体の内部の目」である固有覚は大きく4つ

人間の五感として、触覚や味覚は、皮膚や舌などの表面にあるセンサーが感じ取り、脳に信号を送ります。一方、固有覚は、関節や筋、腱(けん)など体の内部にあるセンサーが感じ取り、体の位置や運動の状態についての情報を脳に送ります。そのため、深部感覚ともいわれ、いわば「体の内部の目」なのです。
人間は、さまざまな動作を行うとき、固有覚からの情報を脳で整理し、それをもとに筋肉に指令を出しています。もし、位置覚が鈍っていたら、手や脚や頭などの位置が把握しきれず、ドアに手を挟んだり、家具に足をぶつけたりしてしまいます。また、運動覚が衰えると、道で人とすれ違うときに、よけたつもりがぶつかったりしてしまいます。
そして、人間は年を取ると、さまざまな機能が低下していきますが、固有覚も例外ではありません。早い人では、40代の後半から衰えが見え始めるのです。
牛乳パックの重さが特に分かりにくい理由
さて、牛乳パックを落としそうになるのは、固有覚のうち、重量覚の衰えのサインです。
重量覚が衰えると、牛乳パックに指が触れたときに、それがどれぐらいの重さなのかを正確に感じ取ることができなくなります。そのため、力を入れすぎてしまったり、逆に力が弱かったりして、うまく持ち上げられないのです。
しかも、牛乳パックは外側が透明ではないので、中身の量が見えません。これが透明なペットボトルに入った水だったら、視覚から「どのぐらいの量が入っているか」という情報があるので、重さが把握しやすくなります。
なお、コンビニでお釣りを受け取るときに落としそうになるのは、どちらかというと位置覚の衰えかもしれません。自分としては適切な位置に手を出しているつもりなのに、ズレてしまっているのです。
また、公園でお子さんとサッカーをしているときに思うように体が動かないのは、運動覚や位置覚、抵抗覚などの衰えといえるかもしれません。ボールを蹴っても、思ったようなスピードで狙ったところに飛ばないのは、自分の脚を動かすときの加速や、ボールから受ける抵抗などを、正確に把握できていないので、力の入れ具合を間違ってしまうからです。
スポーツを楽しんで固有覚を鍛える!
では、固有覚はこのまま衰える一方なのでしょうか? そこはご安心を。固有覚は運動によって鍛えることができます。運動によって手足が動き、体が加速を感じ、さまざまな抵抗を受けることで、固有覚に刺激が与えられるのです。
それでは、どのような運動がいいのでしょうか。筋トレや、トレッドミル(ルームランナー)の上で行うウォーキングやジョギングは、同じ動きの繰り返しになり、体が慣れてしまって、固有覚への刺激が少なくなります。
それよりも、テニスやスキー、卓球、サッカーなどのスポーツ種目のほうが、効果的です。上り下りや凹凸のある道を歩く登山でもいいでしょう。
ポイントは、一つの種目をずっと続けるのではなく、軽く楽しむ程度でいいので、なるべくさまざまな種目にチャレンジすること。そうすれば、固有覚にいろんな種類の刺激を与えることができます。
息子さんと公園でサッカーをするのでも、固有覚を鍛えることにつながります。最初は思うように体が動かなくても、続けるうちに、感覚が研ぎ澄まされ、うまく蹴ったり、止めたりできるようになります。それこそが、固有覚が向上している証拠です。
今後は、サッカーだけでなく、キャッチボールやバトミントンなども、いろいろと楽しんでみてください。
物を落としそうになるのを解消するには…
▼牛乳パックを落としそうになるのは固有覚の衰えのサイン
▼子どもとサッカーをして体が思うように動かないのも同様
▼筋トレよりもスポーツ種目で体を動かすと解消できる
▼なるべくさまざまな種目に挑戦して楽しもう!
(まとめ:長島恭子=フリーライター)
[日経Gooday2020年7月15日付記事を再構成]

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