少量の血液でがんを早期発見 ママ・パパの命を守る

子どもの健康は気になるけれど、自分の健康は二の次になっているというママ・パパは多いのではないでしょうか。40歳前後で出産した場合、子どもが10歳になる頃に、親はがんにかかりやすい「がん年齢」に突入します。胃がんなど防げるがんは予防策を取ること。また、がんでも切除できる時期に見つけて治療(手術)を受けることが重要です。「胃がんの予防法」と「がんを治癒可能な早期に見つけるための最新血液検査」について、ナビタスクリニック理事長で内科医の久住英二さんに聞きました。
「ノーピロリ、ノー胃がん」 胃がんの原因はピロリ菌
「予防できるがんの代表が胃がんです」と久住さんは言います。本当に胃がんは防げるのでしょうか。
「ヘリコバクター・ピロリ菌(通称:ピロリ菌)という名前を耳にしたことがある方は多いのではないでしょうか。胃がんの原因はほぼすべてがピロリ菌感染によるもので、胃にピロリ菌がいなければ胃がんになるリスクはほとんどありません。疫学調査で10年間の胃がん発生率を調べたところ、ピロリ菌に感染していない人は、0%でした。一方ピロリ菌の感染者では、およそ3%の人が胃がんを発症していました。これは、30年間で考えると、ピロリ菌感染者のおよそ10%の人が胃がんを発病することになります」
ではどうしてピロリ菌が胃にいると、胃がんになるのでしょうか。
「発症プロセス(機序)は以下のように考えられています。胃の粘膜にピロリ菌が感染すると炎症が起きて、次第に胃の表面にある胃底腺という、胃酸を作る組織が減ります(萎縮性胃炎という状態になります)。炎症が長く続くと、次第にがん化する細胞が現れます。ピロリ菌がいなければ、萎縮性胃炎になることもありませんし、胃がんを発症することもありません。もしピロリ菌に感染している場合は、除菌することが胃がんを防ぐために重要なのです」
欧米やアフリカなどにもピロリ菌感染者はいますが、どうして日本で胃がんの発症率が高いのでしょうか。
「ピロリ菌にもさまざまなタイプがあり、日本や中国、朝鮮半島など、東アジア地区にいる"東アジア株"と呼ばれるピロリ菌は、欧米の菌と異なり胃がんになりやすいとされています」。欧米のタイプのピロリ菌と比べて、胃の粘膜に感染して胃がんを引き起こすリスクを上げやすいのです。「ピロリ菌は免疫の働きが不十分な5歳くらいまでに感染すると、胃の中にすみ着き、そのまま感染した状態が続き、やがて慢性的な炎症を生じさせることが分かっています。そのため、5歳くらいまで日本を含む東アジア地域で育った人は、ピロリ菌の有無を一度調べたほうがいいと考えられます」
ピロリ菌の感染は箸やスプーンの共有など親子間で生じる
ピロリ菌の有無は、いつごろ調べるのがいいのでしょうか。「検査を受けることを考えたほうがいい時期は、2つあります。1つめは、子どもを持つ前です。ピロリ菌の感染は、主に親子間で生じることが分かっています。現代は、子どもにそしゃくしたものを与えることはしないと思いますが、それでも箸やスプーンを共有したり、子どもとキスをしたりする機会をゼロにすることは不可能なため、親や祖父母が保菌者である場合、子どもへの感染を完全に予防することはできません」
「2つめは、20~40代のできるだけ早いうちです。この年代になると、慢性胃炎や萎縮性胃炎を患っている方は多いかもしれませんが、ピロリ菌の除菌を行うと、炎症が止まり、萎縮が改善することが分かっています。また、胃潰瘍や十二指腸潰瘍を持っている人がピロリ菌の除菌を行った場合、胃がんの発生を3分の1程度にまで低減できることも分かっています。つまり、たとえピロリ菌に感染していたとしても、1年でも早くピロリ菌を除菌することで、胃がん発症のリスクを低くすることができるのです」
自治体(神奈川県横須賀市など)によっては10代で検査を行っているところもあります。少しでも早く検査を受けたいですね。では、どのような検査が行われるのでしょうか。
「ピロリ菌の有無は、呼気や血液、尿、便を用いて調べることができます。ピロリ菌がいることが分かったら、胃カメラによる内視鏡検査を行い、胃炎の有無や、胃や十二指腸の潰瘍、その痕が無いか、調べます。行った後、2種類の抗生剤と1種類の胃酸を抑制する薬を7日間・1日2回服用することで除菌を行います。その後は、定期的に胃の状態を診ていきます。胃にピロリ菌特有の病変が見つかれば、除菌治療や、それ以降の定期検査には健康保険が適用されます。具体的には胃痛や胃もたれなど胃炎の症状があれば、内視鏡検査から保険適用となります。最初の検査でピロリ菌がおらず、胃カメラで胃炎が認められなければ、その後はバリウムによる胃がん検診は受ける必要がありません」
健診(検診)を受ける際や、内科や消化器科などの医療機関を受診した際、「自費で良いので、ピロリ菌の検査をお願いします」とぜひオーダーしてください。
ごく少量の血液で高精度にがんの有無を判定
早期発見のためには、定期的にがん検診を受けること。胃や大腸、肺、乳房、子宮など、がんができる部分ごとの検査があります。1次検診では「スクリーニング」で、健康な人とがんの可能性が疑われる人をふるいわけます。胃がん検診だとエックス線検査や内視鏡検査、乳がん検診だとエックス線検査(マンモグラフィー)のように、検診ごとに内容は異なります。
今、注目されているのが少量の血液を用いた「リキッドバイオプシー」という検査だと久住さんは話します。
「がんは遺伝子の異常によって起こる病気です。リキッドバイオプシーによるがん検査は、ごく微量ながん細胞にしかない遺伝子異常を検出できるため、MRI(磁気共鳴画像装置)やCT(コンピューター断層撮影)、PET(陽電子放射断層撮影装置)などより早くがんを見つけることができます。血液を20ml採取するだけですから、放射線には被曝しません(医療による放射線被曝は、全世界で日本が一番多いです)し、体への負担はほとんどありません。血液によるがん検査では腫瘍マーカーが知られていますが、がんがあっても数値に表れない人はいますし、数値が高くてもがんはないという偽陽性がほとんどです。がんの治療効果を測るために役立ちます。しかしながら、がんを早期発見するための検査として、腫瘍マーカーはほとんど役に立ちません」
がんは、なぜ早期に見つけることが大切なのでしょうか。
「がんは、取り除けるか否かで予後が変わってきます。平たく言えば、がんは極めて早期の段階で完全に切除できれば高確率で治癒しますし、取り除くことができなければ、がんと共存して付き合っていくことになります。つまり、がんを取り除ける状態で見つけることができれば、治癒することができます(リンパ腫や白血病、精巣腫瘍など薬剤で治癒可能な一部の例外は除きます)。がん検診として有効性が確立しているものは少なく、大半のがんは、進行した状態で見つかります。リキッドバイオプシー検査で、がんが細胞レベルで存在している兆候段階で見つけることがいかに有効か分かります」
リキッドバイオプシー検査は、どんながんでも見つけられるのでしょうか?
「がんの種類により、発見精度には差があります。卵巣がん、肝がんはほぼ100%、胃がん、すい臓がん、食道がん、大腸がん、肺がんは60~70%程度、乳がんは30%程度です。卵巣がんやすい臓がんなどは、検診方法さえなく、進行した切除不能な状態で見つかることが多いですから、受ける価値は大きいと思います」
リキッドバイオプシー検査を行う場合は通常の検査よりも高価ですが、もしもがんが見つかった場合には検査費用は医療費控除が受けられます。がん年齢にさしかかった方は、大切な家族を守るためにもぜひ検討してみてください。
ナビタスクリニック理事長。1999年、新潟大学医学部卒業。1999年、国家公務員共済組合連合会虎の門病院にて内科研修開始。2005年、同病院・血液科スタッフ。血液専門医であり、血液がんを中心に、がんや遺伝子、免疫について豊富な知識をもつ。2008年、働く人が医療を受けやすくするため、駅ナカでに、平日21時まで診療する「ナビタスクリニック」を開設。現在は新宿・川崎・立川の三箇所に立地し、内科医として日々診療に当たっている。現場感覚を生かし、かつ分かりやすい医療解説で、ひるおび!などテレビを始め、さまざまなメディアに登場している
(取材・文 渡邊由希)
[日経DUAL 2020年1月22日付の掲載記事を基に再構成]
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