インフルの熱下げるべき? よくある誤解を医師が解説

毎年この時期になるとインフルエンザを発症する人が後を絶たない。そういう意味でインフルエンザはありふれた病気とも言えるが、にもかかわらず多くの人が「誤解」していることもたくさんあるという。そこで感染症に詳しい総合診療医・感染症医の岸田直樹さんに、「よくあるインフルエンザの誤解」について解説してもらった。インフルエンザの可能性がある場合は必ず医療機関を受診しなくてはいけないのか、熱は下げるべきなのか、感染症専門医のアドバイスは?
インフルエンザになったら必ず受診すべきか
→ 持病のない成人であれば、「絶対に受診すべき」というわけではない
インフルエンザにかかると、普通の風邪では出ないような高熱が出る。中には命を落とす人もいる。そのため、「インフルエンザになったら医療機関に行くべき」と思っている人が多いが、岸田さんは「特に持病のない成人であれば、インフルエンザで医療機関に行く必要は必ずしもありません」とアドバイスする。
「インフルエンザは健康な成人であれば、時間がたてば自然に治る病気です。それにインフルエンザの検査も薬も、多くの方が思っているほど絶対的なものではありません。検査の結果は100%正しいとは言えず、陰性、つまりインフルエンザではないと判定されても実はインフルエンザになっている人もいます。抗インフルエンザ薬の効果も、飲んでも半日から1日早く熱が下がるかもしれない、という程度。わざわざ医療機関に行く時間と労力を考えるとメリットはあまり大きいとはいえません」(岸田さん)
「むしろ医療機関に行くと、苦しい中で長時間待たされてほかの感染症をもらうリスクもあるし、自分がウイルスをまき散らしてしまう側面もあります。欧米では、インフルエンザかもしれないと思ったら自宅で安静(stay home)にするようにとメディアでは報道されています」と岸田さん。「日本では、インフルエンザかもと医療機関を受診した人の中に、あの医者はインフルエンザの検査をしてくれない、薬も出さない、などと不満を漏らす人もいるようですが、実は検査をしない、薬を出さないからダメなお医者さんということは全くないのです」と続ける。
もっとも、必ずしも受診しなくていいのは、あくまで持病のない成人の場合だ。中には「ハイリスク者」と呼ばれ、インフルエンザの悪化が命にかかわる人たちもいる。具体的には、5歳未満の乳幼児、65歳以上の高齢者、妊婦、ぜんそく・心疾患・糖尿病などの持病を持っている人だ。このようなハイリスク者の場合は、症状が重くならないうちに受診した方がいい。
また、前述したように検査の精度がそれほど高くないことにも注意してほしい。つまり検査で陰性と判定されても、実はインフルエンザだったということもあるわけで安心できない。無理に出社すると自分がつらいだけでなく、職場にインフルエンザを広めることにもなりかねない。陰性と判定されても、症状がつらければ無理せず自宅で安静にしていよう。
熱は下げた方がいい?
→ すごくつらいのでなければ、基本的に下げなくてもいい

前述したように、インフルエンザになると普段経験しないような高熱が出る。怖くなって、とにかく熱を下げなければ、という気持ちになるが、「無理に下げる必要はない」と岸田さんは注意する。
「すごくつらいときはやむを得ませんが、基本的に熱は下げない方がいい。体温を高くすることによって、ウイルスの増殖を抑えるとともに、免疫細胞を活発にする作用もあります」(岸田さん)
下手に熱を下げると、ウイルスと戦っている免疫細胞の足を引っ張ることにもなりかねない。逆に回復が遅くなってしまう可能性もあるという。薬など飲まなくてもおとなしく寝てさえいれば、通常の風邪なら数日、インフルエンザでも1週間程度でかなり良くなるはずだ。
もちろん、絶対に薬を飲んではいけない、というわけではない。「熱が高くて苦しい場合は対症療法として解熱剤を飲んでもいい」と岸田さん。
前に触れたように、健康な成人であればインフルエンザでも受診する必要はないが、「もし熱が39~40℃を超えるようなら、念のため受診した方がいい」と話す。
解熱剤が効かない!
→ インフルエンザに使える解熱剤は、そもそも効果が分かりにくい
インフルエンザで医療機関に行き、解熱剤をもらったのに「効かない」とあわてる人も少なくない。しかし岸田さんによると、「効いていないわけではない」という。
「解熱鎮痛薬としてよく知られるロキソプロフェン(商品名:ロキソニンなど)やジクロフェナク(商品名:ボルタレン、ナボールなど)は、インフルエンザのときに使うとインフルエンザ脳症のリスクを高める可能性があるため、インフルエンザのときでも使えるのはアセトアミノフェン(商品名:カロナールなど)だけです。ところがアセトアミノフェンは安全性が高い分、作用がマイルドで熱が1℃下がる程度なんです」(岸田さん)
つまり、39℃の熱が38℃になるくらい。それなりに効いているのだが、それでも普段は出ないような高熱なので、「全然効いていないように見える」わけだ。

ロキソプロフェンは市販薬もあるが、前述したようにインフルエンザ脳症のリスクがあるのでインフルエンザのときは原則使ってはいけない。岸田さんは「ロキソプロフェンは解熱剤ではなく、あくまで鎮痛剤として使ってください」と注意する。
熱を下げたいときは「3点クーリング」という方法もある。首、腕の付け根(わきの下)、脚の付け根を冷やすというものだ。いずれも太い血管が通っている部位なので、血液を冷やし、熱を下げる効果があるという。
一方、額を冷やしても熱を下げる効果はないのだが、「気持ちが良ければ冷やしていいと思います」と岸田さん。冷やすことにより、つらさが幾分和らぐのであればやめる必要はない。
一度インフルエンザになったら、その冬はワクチンの必要なし?
→ 一度かかった後でも、ワクチンを打つ意味はある
もともとワクチンとは、病原体の毒性を弱めたものをあえて体内に入れたり(生ワクチン)、病原性を完全になくした微生物の一部を体内に入れたり(不活化ワクチン)することでその病気に対する抗体を生じさせるもの。一度インフルエンザになってしまえば、少なくともその冬の間はワクチンを打つ必要もなくなると考えがちだが、岸田さんによるとこれも「誤解」だ。
インフルエンザウイルスにはいくつかのタイプがあり、ワクチンにはA型2種類(H1N1とH3N2)とB型2種類(ビクトリア系統と山形系統)が入っている。一回感染すると免疫ができるので、同じ冬に同じウイルスに再び感染することはないが、A型に感染した後、続けてB型にも感染する可能性がないとはいえない。つまり一度インフルエンザにかかった後でも、ワクチンを打つ意味はある。
ご存じの通り、ワクチンを打てば絶対にインフルエンザにならないわけではないが、「健常成人での発症予防率は70~90%[注1]との報告があり、発症しても重症化防止を期待できます」と岸田さん。特に乳幼児や高齢者など「ハイリスク」の人たちは、本人はもちろん、一緒に暮らしている家族もワクチンを打って予防すべきだろう。
ワクチンを打ってから免疫ができて効果を発揮するまでに2~3週間かかる。「インフルエンザの流行は3月ごろまで続くので、1月なら打っておいた方がいいと思います」(岸田さん)。今からでも遅くはない。まだ打っていない人、とりわけ乳幼児や高齢者と言ったハイリスク者と同居している人は打っておこう。
[注1]MMWR. July 13, 2007 / Vol. 56 / No. RR-6
(文 伊藤和弘)

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