花粉症が職場の生産性低下を招く 会社ができること

花粉症の季節になると、頭がぼーっとする、集中力が落ちる、日中眠くて仕方がないなどの症状に悩まされてはいないだろうか。花粉症は、くしゃみ、鼻水、鼻づまり、目のかゆみといったアレルギー症状を引き起こし、生活や仕事に少なからず影響する。特に最近注目されているのが、会社に出勤していながらも体調不良のため従業員のパフォーマンスが低下する「プレゼンティーズム」の問題だ。花粉症とプレゼンティーズムの関係、企業が取り得る対策について、日本医科大学耳鼻咽喉科学教室の後藤穣准教授らの話を紹介する。
花粉症による経済的損失はどのくらい?
花粉症を引き起こす植物の種類はたくさんあるが、日本ではスギ花粉症が圧倒的に多い。一般的には、スギ花粉症は2月上旬ごろから本格的なシーズンが始まる。実は、このスギ花粉症に代表される、鼻づまりを伴うアレルギー性鼻炎患者の労働生産性の低下による経済的損失は、日本全体で年間4兆円以上に上るという試算もある(医薬ジャーナル. 2014-03;50:103-11.)。
この数字は、鼻づまりを伴うアレルギー性鼻炎による欠勤を年3.5日、労働生産性低下を1日当たり2.3時間として、アレルギー性鼻炎患者の年間平均罹患日数や患者数、日本人の平均収入などを基に算出されたもの。後藤准教授は、花粉症が労働生産性低下に及ぼす影響について、「花粉症は長期間欠勤するほどの重症の病態ではないが、社会的な影響は非常に大きい疾患。スギ花粉症の人は、日常生活への支障度が高く、特に鼻づまりが、労働生産性の低下や作業効率の低下につながっている」と説明する。
実際、多くの花粉症患者が、アレルギー性鼻炎のひどいときに、勉強や仕事、家事への支障(64.5%)、精神集中不良(61.7%)を感じていることが分かっている(2007年実施アレルギー性鼻炎の患者またはその子供の親へのwebアンケート調査 Prog Med. 2007; 27:2112-21.)。
製薬会社のノバルティスファーマが、2019年10月に会社の人事担当者300人および管理職700人に対して行った「花粉症の企業従業員の生産性に関する実態調査」でも、人事担当者の61.0%、管理職の45.6%が、花粉症の症状による従業員の「パフォーマンス低下を感じている」ことが判明。また、人事担当者の 52.7%、管理職の 47.4%が「治療してほしいと思うことがある」と回答した。「症状が業務の支障になっていると思う」との回答は、人事担当者61.0%、管理職38.7%に上った。
「花粉症の人はくしゃみや鼻をかむことで作業を中断させられてしまうことがあるし、目のかゆみや鼻水のせいで集中力を保ちづらくなる、目のかゆみでパソコン画面が見づらくなるといったこともよくある。また、鼻づまりによって口呼吸が増えると、体内に酸素を取り込む量が減少して酸欠状態に陥りやすく、集中力や判断力の低下につながることもあります」(後藤准教授)
さらに、鼻づまりが入眠障害、中途覚醒などの睡眠障害のリスクを高めることも、花粉症が仕事などに支障を与える要因の一つとなっている。「くしゃみや鼻水は『即時相反応』といって、花粉が鼻に入って数分以内に起こるが、鼻づまりは『遅発相反応』といって、鼻に入って数時間後に起こる症状。つまり、外出先から帰宅し、寝る時になって鼻づまりがひどくなると考えられる。そして鼻づまりが重症になれば睡眠障害起きる可能性が高まり、それにより労働生産性が低下することが考えられます」(後藤准教授)
花粉症手当を出す会社も
こうした問題について、企業としてはどのような対策が取ることが有効だろう。
医学博士として健康経営の観点から企業経営にも携わる予防医学研究者の石川善樹氏は、プレゼンティーズムに影響を与える5大要因として、「肩こり、腰痛などの運動器・感覚器障害」「うつ病などメンタルヘルスの不調」「心身症(ストレス性内科疾患)」「生活習慣病」「感染症・花粉症などのアレルギー疾患」を挙げる。
ただ、費用対効果の面で、企業がこれらすべての対策を一度に行うのは難しい。優先順位をつけるとすれば、「患者数が増えている花粉症対策は、プレゼンティーズムの解消にとても重要」とアドバイスする。例えば、「インフルエンザのワクチン接種に会社が補助を出すように、花粉症対策や治療のために会社としての制度を整えることも有効ではないか」と指摘した。
まさにそうした、従業員のために花粉症対策を取り入れている企業も出てきている。企業のメンタルヘルス関連事業を展開するスタートアップ企業のラフールだ。2017年4月頃から福利厚生として「花粉症手当」を導入。花粉症に悩む従業員は全体の約半数で、その半数が制度を活用しているという。

社員が申請すると、医療機関への受診、検査料、治療薬の費用など通院でかかった費用が全額支給される。さらに、社員が働きやすい環境を提供するため花粉症専用マスクや高級ティッシュ、目薬といった花粉症対策グッズも支給される。
同社広報・マーケティング部の大澤直人さんは「花粉症などのアレルギー性鼻炎は生産性低下の大きな要因であることへの危機感があった。通常、花粉症の症状を自覚していても、通院するほどではないと我慢してしまう人も多いが、制度があることで、社員の多くが意識的に予防や治療に取り組むことができている。仕事の効率アップにつながり成果は出ていると感じる」と話す。
このほかにも、室内での花粉の数を減らすため出入り口にエアシャワーを導入する、空気(在宅勤務)清浄機や加湿器を導入する、花粉症のセルフケア術について社員向け啓発活動を行う、花粉症のピーク時にリモートワークを導入するなど様々な方法が考えられる。
制度やオフィス環境が改善されることで、従業員の健康への意識や行動も変わる。花粉症は原因や症状が明らかになっている疾患だけに、対策が取りやすい。健康経営の取り組みの一歩として、花粉症対策を導入するメリットは意外に大きいかもしれない。
(ライター 及川夕子)
日本医科大学耳鼻咽喉科学教室准教授。日本医科大学医学部卒業後、同大学耳鼻咽喉科学講師、同大学多摩永山病院病院教授などを経て現職。専門は、アレルギー性鼻炎、花粉症。日本耳鼻咽喉科学会専門医・専門研修指導医、日本アレルギー学会専門医・指導医。
Campus for H Executive Vice President。東京大学医学部健康科学科卒業、ハーバード大学公衆衛生大学院修了。自治医科大学にて博士(医学)取得。
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