風邪に抗菌薬は必要なし あなたの処方は大丈夫?

医療の世界でも新しい研究が進み、情報は日々アップデートされている。同じ症例でも以前と今では治療法が違ったり、医師によって診断や処方が異なることもある。
昨今、特に注目されているのが、「複数の疾患を抱える高齢者などに飲み切れないほどの薬が処方され、健康被害を起こす可能性がある『ポリファーマシー問題』」(病院勤務薬剤師の青島周一氏)だ。厚生労働省は2018年5月に「高齢者の医薬品適正使用の指針」を発表。高齢者に処方される薬のリスクや不要な処方などについてまとめたこのガイドラインは大きな反響を呼び、漫然と行われてきたムダな医療を見直そうとする動きが広がってきている。
「万が一処方」と「お土産処方」はもうやめよう
では、なぜムダな医療が多かったのか。「そのほとんどは、薬を出すリスクよりも出さないリスクを考えた"万が一処方"。以前は薬を出さない損失の方を重視していたが、最近の医療者は薬の害を損失と捉える傾向にある」(青島氏)。また、患者にせがまれて薬を処方してしまう"お土産処方"も実際には多いようだ。
ムダな医療の典型的な例が、「風邪に処方される抗菌薬(抗菌剤、抗生物質と同義)」だ。一般的な風邪は約90%がウイルス性。抗菌薬はその名の通り細菌に効くものであってウイルスには全く効果が無い。もちろん細菌感染症など抗菌薬が必要になるシーンはあるものの、風邪の患者に抗菌薬を処方して肺炎などの入院を防げる確率は1万2255人に1人[注1]。まさに"万が一"のための処方なのだ。
また、「安易な抗菌薬の処方は、新たな薬剤耐性菌を生み出すリスクにもつながる」(青島氏)。院内感染などのニュースでよく耳にする「MRSA(メチシリン耐性黄色ブドウ球菌)」は、1960年ごろに生まれた薬剤耐性菌だ。「薬剤耐性を持つ細菌は、サミットの議題にも上る世界的な公衆衛生上の脅威。これが進むと、従来は簡単に治療できていた感染症で命を落とすという事態になりかねない。今、耐性菌によって死亡する人は世界で70万人。これが2050年には1000万人になり、死因のトップになるという予想もある」と、総合診療医・感染症コンサルタントの岸田直樹氏は指摘する。
抗菌薬の不適切な使用を背景として、WHO(世界保健機関)は15年に抗菌薬の使用を減らすアクションプランを採択した。それにもかかわらず、現実には多くの医療機関が風邪と診断した患者に抗菌薬を処方しているという。なかでも非常に多く処方されるのが、セフカペンやセフジトレンなど、「経口第3世代セフェム」と呼ばれるタイプの抗菌薬。だが、「体内への吸収率が低く、消化管でほとんど吸収されずに排せつされるため、"DU処方=だいたいウンコになる処方"と揶揄(やゆ)されているほど。腸内に影響を及ぼし、抗菌薬関連腸炎を起こすリスクもある。経口第3世代セフェム系抗菌薬が有効なこともあるが、ほぼ全てのケースで優先すべき別の抗菌薬が存在するので原則使用してはならない」とやわらぎクリニック院長の北和也氏は指摘する。
せき、鼻水、喉の痛みのうち複数が急に出現した場合は風邪、すなわちウイルス性上気道炎であり、厚生労働省の「抗微生物薬適正使用の手引き」でも「感冒に対しては、抗菌薬投与を行わないことを推奨する」と記載がある。
→「抗菌薬はウイルスに効果無し」
一般的に風邪といわれる喉や鼻、発熱などの諸症状の多くは、細菌ではなく、ライノウイルスやコロナウイルスといったウイルスの感染によって引き起こされる。一方で抗菌薬は細菌の細胞壁合成などを阻害する医薬品。ウイルスによって起こる風邪には効果は無い。むしろ、腸内細菌に影響を及ぼし、体にとって必要な菌まで殺してしまう恐れがある。また、抗菌薬を繰り返し服用することで、世界的に問題視されている薬剤耐性菌が発生しやすくなるというリスクもある。
[注1]「Ann Fam Med 2013 Mar; 11(2):165-172.」による
同じ薬が高齢者ではリスクに

抗菌薬のような間違った処方でなくても、見直した方がいいケースもある。特に高齢者は年齢とともに体の生理機能が低下する。加齢により代謝や薬物動態が大きく変わるため、同じ処方でも副作用が大きなデメリットになる場合もある。若い頃と同じ感覚で薬を飲み続けるのは非常に危険だ。
高齢者が特に注意したいのが、「抗コリン作用」を持つ成分。「総合感冒薬」や「抗アレルギー薬」「抗うつ薬」「抗不整脈」など、比較的高い頻度で処方される医薬品に含まれる成分の一つで、副交感神経の伝達物質であるアセチルコリンの働きを抑制させる。喉の乾きや便秘、尿閉などの副作用が知られており、実際に「風邪を引いて総合感冒薬を飲んだら尿が出なくなったというケースは多い」(北氏)。
→「長期間の服用は注意」
耳鼻科などで比較的よく処方される「セレスタミン」や「エンペラシン」。症状が重い花粉症などでも効果があるといわれるが、これらはアレルギーを抑える抗ヒスタミン薬(クロルフェニラミン)と炎症を抑えるステロイド(ベタメタゾン)の合剤。ステロイドを長期間内服すると、糖尿病や骨粗しょう症、中心性肥満などのリスクが高まる。「長期服用を突然やめることで、副腎不全になる危険も指摘されている。あくまで症状がひどいときのピンポイント使用と考えたい」(青島氏)。
→「低血糖になる恐れ」
「オイグルコン」や「ダオニール」など、膵臓(すいぞう)でインスリン分泌に関わるβ細胞に直接働き掛けるスルホニル尿素剤(SU剤)は、経口血糖降下薬のなかでも血糖値を下げる効果が特に高い。そのため、「SU剤の服用で低血糖になってしまい、救急搬送されるケースは意外と多い」(富家氏)。基準よりやや高めでSU剤を飲む人は、特に低血糖に注意しなければならない。糖尿病学会は、「高齢者では血糖降下薬の投与と経過観察を慎重に行うべき」としている。
→「継続投与のメリットが少ない」
「アリセプト」などのコリンエステラーゼ阻害薬は認知症薬として認可されているが、認知症を治すものではなく、認知機能が落ち込むのを一時的に抑えることを目的としている。「その効果は限定的で添付文書にも記載されている通り、認知症の病態そのものを改善するという成績は実は得られていない」(青島氏)。フランスでは18年に医療保険の対象から外された。ただ、薬そのものが介護者の"心のお守り"となっていることもあるので、中止することがデメリットになるケースもある。
→「徐々に減量していくことが望ましい」
逆流性食道炎を改善する薬として使われるPPI(プロトンポンプ阻害薬)とH2ブロッカー。どちらも長期に服用することのリスクが報告されている。PPIの場合は、低カルシウム血症などによる不整脈、心血管疾患や胃酸分泌抑制による肺炎など。「急に薬を中断するとリバウンドによる胃酸過多になる人も多いので、徐々に量を減らしていくことが望ましい」(北氏)。市販薬のH2ブロッカーも、長期間服用は避けるべき。「ただし安易に中断して胃潰瘍を起すこともあり、リスク評価を入念にした上で減らすことが大切」(北氏)。
→「けいれんに注意」
アレルギー性鼻炎などで鼻水が出る子供に処方されがちな抗ヒスタミン薬。催眠作用もあるため、寝付きが良くなると感じる面もあるが、抗ヒスタミン薬は子供のけいれんを誘発するリスクがある他、抗ヒスタミン薬を飲んだことで熱性けいれんの持続時間が長くなるという調査もある。特に熱性けいれんの既往歴がある乳幼児は注意したい。厚生労働省のPMDA重篤副作用疾患別対応マニュアルでも、小児の急性脳症を起こすとして抗ヒスタミン薬などについて注意喚起している。
→「特に子供ではけいれんを起こしやすい」
ぜんそく治療に使われるテオフィリンは、効き目が強い半面、成分が有効である濃度の幅が狭く、副作用としてけいれんを引き起こしやすい。「特に子供に処方されたときは慎重になる。発熱が無いかや熱性けいれんの既往をチェックし、場合によっては他の薬に替えられないかどうかを医師と相談することもある」(イイジマ薬局薬剤師・飯島裕也氏)。
→「生薬成分の重複を確認」
複数の漢方薬を処方された際は、生薬成分の重複に注意が必要だ。処方間で重複した成分があると、過剰摂取になってしまう可能性がある。例えば、「甘草」は医療用漢方薬148品目のうち109品目に採用されている。組み合わせによっては、甘草の主成分であるグリチルリチン酸がカリウムの排せつを促すため、取り過ぎると低カリウム血症を招きやすい。その結果、「手足のしびれや慢性疲労など、原因が分からない不定愁訴となることもある」(青島氏)。
→「転倒などのリスクに気を付ける」
国内の75歳以上の高齢者のうち80%が高血圧に罹患しているといわれる。日本高血圧学会によるガイドラインの降圧目標は、75歳以上の場合140/90mmHg(収縮期/拡張期)未満。降圧剤は血圧を下げることが目的ではなく、高血圧による脳血管障害などを予防するのが本来の目的。「降圧目標をややオーバーした血圧を基準値に下げるために、高齢者に降圧剤を長期にわたって飲ませる必要があるかは疑問」(富家氏)。降圧剤の副作用には目まいやふらつきなどがあり、転倒などのリスクも発生する。
→「特に男性は『尿閉』に注意」
風邪を引いた際に服用する総合感冒薬には何種類もの有効成分が入っているため、なかには自分の症状に不要な成分が含まれている可能性もある。高齢者が注意したいのはプロメタジンやクロルフェニラミンなどの抗ヒスタミン成分。眠気やふらつきだけでなく、それらが持つ抗コリン作用で口渇や頭痛などが起こる恐れもある。特に前立腺肥大の高齢者の場合、尿が出なくなる「尿閉」を起こすことも。「冬場に総合感冒薬を飲んで、『尿が出ない』と夜間外来に駆け込む高齢男性は多い」(北氏)という。
→「抗コリン作用による副作用が出やすい傾向」
うつ病の薬として古くから使用されている、アミトリプチリンなどの三環系抗うつ薬。99年以降、SSRI(選択的セロトニン再取り込み阻害薬)やSNRI(セロトニン・ノルアドレナリン再取り込み阻害薬)が登場するまでは、三環系抗うつ薬が代表的なうつ病治療薬の一つだった。三環系抗うつ薬は抗コリン作用が強いため、便秘や口の渇き、排尿困難、眠気などの副作用が出やすい傾向にある。特に高齢者の場合、眠気によるふらつきなどが転倒の原因になったり、排尿障害になったりと、QOL(生活の質)を下げるリスクが多い。
(文 竹下順子)
[日経トレンディ2019年10月号記事を再構成]
健康や暮らしに役立つノウハウなどをまとめています。
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