松重豊さん 男性にこそ知ってほしい不妊治療の現実
映画『ヒキタさん! ご懐妊ですよ』主演インタビュー

2019年10月4日から、映画『ヒキタさん! ご懐妊ですよ』が全国で上映される。原作は、作家・ヒキタクニオさんが自らの不妊治療体験をもとに書き上げたエッセー『ヒキタさん! ご懐妊ですよ』(光文社文庫刊)。「男性の不妊治療」という今まで映画では取り上げられなかったテーマに焦点を当て、49歳から不妊治療を始めたヒキタさん[注1]役をバイプレーヤーの松重豊さん、二回り近い年下の妻・サチ役を北川景子さんが演じる。今回は映画初主演の松重さんに、男性の不妊について、そしてご自身の健康管理について伺った。
――まず映画初主演のご感想をお聞かせください。
松重 この年まで俳優をやっていると、「初主演」という響きに気恥ずかしいものがあります。でも、主演でも助演でもカメラの前で芝居するということにはなんら変わりなく、皆さんが思っているほど現場の人間はさほど気にしていません。ただ脇役で関わると1日、2日の撮影で終わり、スタッフの名前すら覚えていない作品が山ほどあります。でも、主演は出ずっぱりなので撮影時間が長く、この映画の撮影でも3週間、スタッフとずっと一緒だったので仲良くなれました。「みんなで面白い作品を作る」という気持ちになれる時間が長く続くことはいいものです。
――オファーが来たとき、「40代男性の不妊治療」というテーマについてどう思いましたか。
松重 今まで出合ったことのないテーマでしたし、これまで男性は、不妊という問題を女性側に押し付け、ふんぞり返って黙って見てきたケースが多かったのではないかと思います。しかし蓋を開けてみると、実は男性にも原因がある場合がある。そのセンシティブな問題を深く掘り下げ、50代の僕が主人公を演じることで世の中に問題提起できるのは面白いかなと思いました。
また、このオファーを頂いて相手役が北川景子さんだと聞いたとき、えぇっと驚きました。果たして夫婦に見えるかどうかだけが気がかりで。お客様に「これ、夫婦じゃないだろ」と思われたら困るなと。若く見せるために体づくりをしなければいけないかなど、いろいろ考えましたが、それよりも北川さんといいコミュニケーションを取ることが一番大事だと思いました。キスシーンなど特にストレートな表現がある映画でもなく、ただ夫婦の会話や呼吸で成り立っている作品なので、そんな夫婦の日常が違和感なく観(み)ている人に伝わればいいなと思いました。
ですから、現場の待ち時間などでは、北川さんと会話のキャッチボールができるモードに僕自身切り替えていましたし、実際、夫婦のように自然体で会話ができたので良かったです。
北川さんの歩み寄りが大きいのですが、試写を見たとき、手前味噌ながら夫婦にしか見えなかったのでホッとしました。

多くの男性は避けて通りたいかもしれないけれど……
――映画に出演される前後で、男性不妊について驚かれたことや、考え方が変わったことがあれば教えてください。
松重 不妊治療の当事者を演じて改めていろんな現実を知り、様々な感情が湧きました。映画の中でヒキタさんは、男性不妊の原因を突き詰めるのに産婦人科に足を運んで検査しなければいけませんでした[注2]。産婦人科の待合室には女性が大勢いて、そこに初老の男性が1人で待つ違和感と闘わなければいけない。そして、男性不妊の原因を探るには精子を検査するしかないという現実を突きつけられ、「じゃあ、ここに入れてください」と看護師さんから検査容器を渡される。そんな経験を避けて通りたいと思っている男性は多いように思いました。
体外受精と人工授精の違いについて僕自身もよく分かっていませんでしたし、保険が利かず高額な費用がかかり、長期間に及ぶケースが多い。男性は精子の検査だけですが、女性はいろんな検査をされて痛い思いをしなければいけないことも、認識できていない男性は多いのではないでしょうか。
[注1]映画では49歳という設定だが、実際のヒキタクニオさんは45歳で不妊治療を始めた。
[注2]男性の検査は不妊外来のある病院や不妊専門クリニック、泌尿器科などでも受けられる。
そんな非常に困難な経験を乗り越えるには、子供が欲しいという夫婦の絆が大事になります。全員がハッピーエンドの結果になるわけでもなく、ダメだったとしても、そうした経験を乗り越えようとすることで夫婦の絆は深まるものではなかろうかなどと、役を演じることでいろいろ考えさせられました。観てくださるお客様にも考えるきっかけになればうれしいし、かといってそんな堅苦しい話にもなっていません。笑って無責任なことばかり言う濱田岳くんが演じる出版社の編集担当や、伊東四朗さん演じる妊活に反対する義父も登場して、悲喜こもごもを笑いのオブラートに包んで細川徹監督は作っています。楽しんで観ていただける作品です。
――妊活がなかなかうまくいかない妻を支える夫を、どのように演じようかと思いましたか?
奥さんは年下ですが、主導権は握っているしっかり者の設定です。尻に敷かれた夫は、不妊治療の進行も奥さんに委ねつつ一緒に取り組みます。でも治療がうまくいかない現実に対し、普段は気丈に振る舞う頑張り屋の年下妻がふと見せるもろさやはかなさに、心をつかまれる世の男性がほとんどではないでしょうか。僕自身、自然に湧き出る感情で演技させていただきました。
年齢にあらがいつつも現実を受け止める
――ご自身は50代になって健康について、どんなことを心がけていらっしゃいますか。
55歳定年が当たり前だった時代から、人生100年時代といわれるようになった今では60歳定年、延長して65歳まで働くなど、長く働くことが珍しくなくなってきました。でもたいがいが50代で役職定年と言われ、「もうそろそろ終わりだぞ」と耳元でささやかれるのが現実です。
そうしたなか、「僕はまだまだできる」という年齢にあらがう気持ちと、受け入れなければいけない肉体の衰えという現実に折り合いがつかないと、精神的な不調を来すことが起こり得る年代でもあると思います。だから、できる限りあらがいつつも、現実を受け入れる覚悟を持つことが大事なように思いますね。
――実際にどんな変化を感じていますか?

僕は長年、自分で車を運転して現場に向かっていたので、前の晩にお酒を飲んだら、アルコールチェッカーでチェックしてお酒が体内に残っていないことを確認してから乗車していました。でも、近年お酒が残る時間が長くなっている気がして、去年、お酒をすっぱりやめたんです。今まではお酒が大好きで、限りなく飲んでいたのですが、酒に弱い遺伝子があるのか僕は飲むと赤くなるタイプで、やはりどこか不調を来すこともありまして……。
たまたま僕が演じている『孤独のグルメ』(テレビ東京)の井之頭五郎という男も飲めないのでね、これを機にやめようかと思いました。案外すんなりやめられて、その分、甘いものを食べる時間がすごく大事になりました。
――何がお好きなんですか。
僕はカステラ工場の隣で生まれ、誕生日も祝い事もカステラを食べていたくらい、基本的に卵と小麦粉と砂糖で作られたものが好きでして。フィナンシェやマドレーヌ、パンケーキ、バウムクーヘン、プリンなんかも好きです。そうしたモノを楽しむおやつの時間が今の唯一のリフレッシュタイムというか、至福のひとときになっています。そうすると自分がだんだん女性化していくような感じがして、最近、女性誌のスイーツコーナーを見て「この店のこれを食べてみたいな」と思うようになってしまいました(笑)。
――そんな甘いものがお好きで、『孤独のグルメ』でも撮影中たくさん食べていらっしゃいますが、体形が変わらないのが不思議です。
松重 夜中にお酒を飲みながらつまみをダラダラつまむことを考えたら、お酒をやめて15時におやつを食べることの方がよほどカロリーを抑えられて健康的だなとよく分かります。お酒自体にもカロリーはありますし。『孤独のグルメ』の撮影中はたくさん食べるので、その前後で食事を抑えていて、逆に痩せてしまうんですよ。
寝る前のミルク1杯でぐっすり
――睡眠など体を休めることにおいて心がけていることはありますか。
松重 ちょっと前まで人殺しの役などをよく演じていましたが、夕方まで人殺し役を演じていたのに、明日も早朝から仕事があるから早めに寝ろと言われても、なかなかできないのが俳優という仕事です。今は温かいミルクを1杯飲めば大丈夫という体になりまして。外で酒を飲むこともなくなったので、家でミルクと甘いものを食べたら眠くなって夜12時には布団に入るような生活になり、そこそこ睡眠時間は取れて健康的に過ごせています。
――運動は?
松重 朝起きてすぐ、ボストンテリアのチャイという女の子と一緒に5.5キロを散歩しています。ウエアラブル端末で心拍数が1分間100を超えるぐらいのスピードで歩いていて、雨の日でもポンチョを着て散歩しますね。1時間歩けば結構へとへとですが、それぐらい歩かないと「もっと連れて行けよ」という目でチャイが見るもんで(笑)。
散歩から帰ってくると、腹筋ローラーを使った筋トレを10~15分、ストレッチゴムを使ってストレッチをやるのが日課になっています。
――ルーティンを決めていらっしゃるんですね。
年を取るとそのルーティンを守りたがる頑固なじじぃが世の中にはたくさんいるじゃないですか。そうはなりたくないです(笑)。ただ、ルーティンは決まっていると何も考えなくてもいいからラクですね。
(ライター 高島三幸、カメラマン 厚地健太郎)

■10月4日(金)から全国ロードショー
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