がん患者の3人に1人が離職 個人や会社のせいなのか
がんになっても働き続けたい ~ 桜井なおみさん(上)

ある日、がんになったら、今まで続けてきた仕事はどうすべきか――。今、がん患者の3人に1人が働く世代(15~64歳)といわれている。しかし、告知された患者が慌てて離職したり、雇用する企業が患者の対応に困惑し、うまく就労支援できなかったりすることが少なくない。自身もがんになったライター・福島恵美が、がんと診断されても希望を持って働き続けるためのヒントを、患者らに聞いていく。
第1回は、自身も乳がん経験者で、一般社団法人CSRプロジェクト代表理事、キャンサー・ソリューションズ社長として、がんになっても働きやすい社会を目指して活動する桜井なおみさんに、働く世代のがん患者が置かれている社会的な現状を伺った。
治療の副作用から復職後1年半で退職
――まず桜井さんご自身の経験についてお教えください。桜井さんは設計事務所のデザイナーとして仕事をされていた2004年に、乳がんの手術を受けられました。治療を受けている間、仕事はどうされたのですか。
私は30代でがんの診断を受けたのですが、手術後に抗がん剤治療をすることになり、約8カ月間休職しました。働く世代の人ががんと告知されれば「仕事、どうしようか…」と考えますよね。私がいた会社には、病気のときに休むための制度がありませんでした。有給休暇は診断から手術までの間に使い切ってしまったので、抗がん剤治療を受けるためには傷病手当金を使って休職するしかありませんでした。
復職後はホルモン療法を受けるために通院が必要で、新しく付与された10日間程度の有給休暇を使って会社を休みました。通院しているうちに有給はなくなります。他に休む制度がなかったから、通院の日は欠勤することに。当然、給料は減りますよね。働いて得た収入がそのまま治療費になってしまい、何のために働いているのだろうという気持ちになりました。
退職を決めたのは、手術の影響で出てきた右手の浮腫の後遺症に悩まされたから。パソコンのマウスを長時間操作すると、手のむくみがひどくなったんです。体力も気力も落ちていたし、定時で帰れるような働き方ができればと思っていましたが、仕事量が減るわけでもなく無理でした。復職して1年半後に会社を辞めました。
その頃、同世代のがん患者で新聞記者をしている女性と出会って…。彼女は亡くなる2日前まで記事を書き、スケジュール帳に予定を入れていました。私は仕事を辞めていたから、何かとても大事なものを諦めたのではないかという気がし、患者にとって働く意味とは何かを考えるようになりました。がん患者の就労問題を社会に問いたいと思っていたとき、東京大学で医療政策を考える社会人向けの講座があることを知り、参加することにしたのです。
働く意思があっても3人に1人が離職
――東京大学の社会人向け講座では、どのような活動に取り組まれたのですか。
行政関係者、医療者、メディア関係者、患者というステークホルダーから最低1人ずつが参加して1つの班をつくり、医療政策を考えてまとめました。私は患者として、がん患者の就労・雇用支援をテーマに調査しました。そして、2008年に行ったアンケート調査の結果、8割の人に働く意思があるのに3人に1人が離職していたことが分かったのです。このときの研究班の名前がCSRプロジェクト。この名前をそのまま引き継ぎ、がん患者の就労支援を行う活動を始め、2008年に団体を設立して、2011年にCSRプロジェクトを一般社団法人として法人化しました。
――働く世代のがん患者が、3人に1人離職しているのは多い印象を受けます。
この状況は現在も変わっていません。CSRプロジェクトでは最近もがんと就労の調査を行いましたが、働く人のほぼ3~4人に1人ががんで離職しています(「がん患者に対する就労状況の調査」2008年、2016年CSRプロジェクト調べ)。
がんと離職の問題は随分前からあったはずです。けれども、「働き続けられないのは、自分が努力できなかったから」「会社が悪い」と個人や会社のせいにしてきたのだと思います。個人の頑張りに委ねるのではなく、法律を整備するなど社会がもっとがん患者を応援することで解決できることはたくさんあります。
私が入院していた2004年は、がん対策基本法(2006年制定)ができる前で、NHKのテレビ番組などでは、がん対策の法律を作るための動きが、連日のように取り上げられていました。そこで私は、病院から番組宛てにメールを送ったんです。「日本にはがん患者がたくさんいるのに、なぜ全体を計画するマスタープランがないのですか」と。
後日、NHKから番組出演の依頼を受けて出ることになりました。そのときに、がん医療の均てん化(全国どこでもがんの標準的な治療を受けられること)やドラッグ・ラグ(新薬の承認に時間がかかり、日本国内での発売が遅れること)などの問題を社会に伝えていた患者さんたちと意見交換しました。今は亡くなられた方もいますが、その方たちと出会い、話ができたことで、がんと就労に関わる問題は患者個人の問題でも会社の問題でもなく、社会問題なのだと考えることができました。
就労を含む社会問題をがん対策で支援
――がん対策基本法ができてから、国のがん対策の全体目標や重点的に取り組む課題を示す「がん対策推進基本計画(以下、基本計画)」が発表されています。患者を取り巻く社会は変化してきていますか。

ちょっとずつ変わってきていますね。2012年に閣議決定された、第2期基本計画を作る前のことですが、がん患者の就労支援を議題に取り上げてもらうように要望書を出したんです。私は参考人として呼ばれ、議題に取り組む中に入っていきました。
当初の基本方針では「がん患者の就労問題」という言葉が出ていました。でも「就労問題」としてしまうと、就労にだけフォーカスされてしまう。患者が抱える医療費の心配など金銭的な問題、治療の副作用による容姿の悩み、治療によって妊孕性(にんようせい:妊娠しやすさ)が低下する問題などは抜け落ちる可能性がありました。がんになった後は、就労だけでなく様々な生活の課題がありますから、参考人として何度も交渉して…。その結果、「がんとの共生」の分野で、「がん患者の就労を含めた社会的な問題」という言葉が明記されたのです。
――2017年10月には第3期基本計画が決まり、就労支援が強化されています。
第2期基本計画以降、ハローワークの相談員が病院の中で出張相談を行う就職支援事業が少しずつ始まり、今は全国の都道府県で実施されています。
今回の第3期基本計画では、がん患者の治療と仕事の両立を支援するための施策が盛り込まれました。両立支援コーディネーター(職場復帰を希望する患者に、治療と就労の両立支援を行う人)の育成・配置、患者へのトライアングル型サポート体制(主治医、会社・産業医、両立支援コーディネーターによる患者支援)の構築などがあります。
この基本計画ができる前の2016年には、改正がん対策基本法が成立しています。基本理念に「社会的な環境整備」という概念が入り、がん患者の就労支援を後押ししているところがあると思います。
治療と仕事の両立のため傷病手当金の分割を
――がん患者が治療と仕事を両立させるためには、どのような仕組みが必要でしょうか。
傷病手当金(国民健康保険以外の各健康保険で、治療のため休職したときに一定の収入が保障される制度)を、分割で取得できるようにしていく必要があると考えます。傷病手当金は支給されてから最長で1年6カ月間もらえます。しかし、それ以降は打ち切りになりますから、給付可能な期間中に数日分しかもらっていなくても、1年6カ月が経過したら給付されません。
社会的治癒[注1]といって、医療を行う必要がなくなり社会的に復帰している状態が一定期間あれば、再び傷病手当金をもらえるという考え方もありますが、一定の期間、きちんと働けたという証明が必要になったりもしますから、例えば、診断から2年後に再発したら、現実的には利用するのは難しいのです。
支給期間の1年6カ月間を分割で取得できるようにすれば、細切れに傷病手当金をもらえるようになり、再発したときにも利用できます。
CSRプロジェクトによるがんと就労の調査では、6カ月以上休職した人は復職率が低いことが分かりました。傷病手当金の分割取得が可能になれば、日にち単位で分割して休めますし、会社や社会と関係を持ち続けられます。つまり、離職予防につながると思うのです。がんの治療は外来中心になってきていますし、患者が柔軟な働き方ができるよう、国は傷病手当金制度の変更を検討してほしいです。
◇ ◇ ◇
桜井さんへのインタビューの後編「頼る勇気・頼られる準備 がんとの共生で必要なこと」では、治療と仕事の両立を望むがん患者が必要とする支援や情報共有のあり方を紹介する。
[注1]社会的治癒:長期間にわたって、自覚的にも他覚的にも病変や異常が認められず、医療を行う必要がなく、一定期間、社会復帰(職場復帰など)していた場合に、社会的治癒と見なされる。社会的治癒が認められた場合は、再発が別の病気として扱われ、傷病手当金が支給されることがある。しかし、社会的治癒と見なされなければ、再発は同じ病気と考えられ、取得開始から1年6カ月以降は傷病手当金をもらえない。判断はそれぞれの公的医療保険が行う。
(ライター 福島恵美 カメラマン 村田わかな)

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