不妊治療は男性から取り組む 早めの精液検査を
男性不妊症の実態と治療法(後編)

近年、「精子の数が減っている」だけでなく、一見元気に見えても妊娠につながりにくい「精子の老化」というリスクがあることも明らかになってきた(前回記事「ブリーフ・長風呂…不妊を招きかねない男の習慣」参照)。こうした精子のリスクは男性不妊症に直結し、子どもが欲しいと思う人にとっては切実な問題だ。精子の状態を良くするために様々な生活改善の努力をしても、子どもを授からない場合はどうしたらいいのか? 男性不妊症の実態と治療法について、獨協医科大学埼玉医療センター泌尿器科医師・リプロダクションセンター准教授の小堀善友さんに聞いた。
不妊の原因が男性にある場合が約半数
通常の夫婦生活を持って1年間子どもができない場合、「不妊症」と定義される。WHO(世界保健機関)の報告によると、不妊症の原因のうち、男性のみに原因がある場合が24%、男女両方に原因がある場合が24%で、合計48%は男性側に何らかの原因があるとされている。
国内の男性不妊の実態調査[注1]によると、男性不妊症の原因は、精子に何らかの問題がある「造精機能障害」が82.4%を占め、次いで勃起障害・射精障害などの「性機能障害」が13.5%、精子はできているのに出てくることができない「閉塞性精路障害」が3.9%だった。原因は一つとは限らず、複数の原因が重なっている場合もある。
一般的に、不妊治療は原因に応じてリスクの少ないものから始め、徐々に高度なものに進んでいく。大まかにまとめると次のような流れだ。卵管が詰まっているなど女性側に不妊の原因がある場合もあるので、実際に不妊治療に取り組む際は、カップルで一緒に受診して男女双方の原因を探る中で、それぞれの原因や生活の状況に合わせて治療を進めていくことになる。
妊娠しやすいといわれる排卵日の2日前から排卵日までに性交のタイミングを合わせる方法
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【人工授精】
精液中から動きの良い精子を取り出して濃縮し、妊娠しやすいタイミングで子宮内に直接注入する方法
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【体外受精】
卵巣から取り出した卵子が入っている培養液に精子を振りかけて体外で受精した後、母体に戻す方法
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【顕微授精】
形・運動状態の良い精子を選び、顕微鏡下で卵子に直接注入、その後母体に戻す方法
次ページから、男性不妊症のそれぞれの原因に応じた治療について、もう少し詳しく見てみよう。
[注1]平成27年度厚生労働省子ども・子育て支援推進調査研究事業「我が国における男性不妊に対する検査・治療に関する調査研究」
男性不妊症の治療1~精子に問題がある場合
先に述べたように、男性不妊の原因のうち、約8割は精子に問題がある「造精機能障害」。そのうち約半数が原因不明のもの(特発性という)だ。精液量1.5mL以上、精子濃度1500万/mL以上、精子運動率40%以上ないと自然妊娠は難しいといわれ、状態によって以下のように分けられるが、
・無精子症……精液中に全く精子がいない状態
・精子無力症……精子運動率が低い状態
「精子の数が少ない人は、たいてい動きも悪いし、形も悪いことが多いので、根底はどれも同じです」(小堀さん)
精子に問題がある場合、まずは日々の生活習慣を改善したり(前回記事「ブリーフ・長風呂…不妊を招きかねない男の習慣」)、抗酸化作用のあるサプリメントを服用したりして数や運動率の改善を試みるが、効果がなければ人工授精、体外受精などに進む。
「そのカップルの状況次第ではありますが、精子の数が極端に少なかったり、全く動いていないということが早い段階で分かれば、人工授精や体外受精を飛ばして顕微授精を選択することもあります」(小堀さん)
男性不妊症の治療2~精索静脈瘤・無精子症の場合

造精機能障害の中には、「精索静脈瘤」と呼ばれる、精巣周辺の血管がこぶ状に肥大したものが原因となっている場合があり、男性不妊症の30~40%に見られるという[注2]。顕微鏡を用いて精巣の静脈を縛って固定する手術で精子所見が改善し、妊娠につながるケースもある。
「男性の約10人に1人は精索静脈瘤があり、あっても症状が出ない人もいます。ただ、精索静脈瘤を手術で治すと精子の状態が良くなるというデータも多く出ています」(小堀さん)
また、無精子症の中には、精巣で精子がつくられにくい「非閉塞性無精子症」の場合と、精子の通り道である精管が生まれつきなかったり、性感染症で精管が詰まっていたりするなどの理由で、精子はつくられているのに出てくることができない「閉塞性無精子症」の場合がある。精管をつなぎ直す手術(精路再建術)をすることもあるが、できない場合はTESE(Testicular sperm extraction, 精巣内精子採取術)といって、陰のうの皮膚を小さく切開し、直接精巣から精子を取り出した後、顕微授精をする例が多いそうだ。
精索静脈瘤の手術、精路再建術、TESEといった手術は、泌尿器科領域の生殖医療専門医が行うが、まだ専門医の数が少なく、限られた医療機関でしか行われていないのが現状だ(泌尿器科領域の生殖医療専門医は日本生殖医学会のホームページで調べることができる。http://www.jsrm.or.jp/qualification/specialist_list.html)。
男性不妊症の治療3~射精障害の場合
造精機能障害の次に多い男性不妊症の原因が「性機能障害」だ。勃起障害の場合はPDE5阻害薬(バイアグラ、レビトラ、シアリスなど)による薬物療法が第一選択となり、これで改善する人が多い。
一方、「最近、気になるのは射精障害です」と小堀さんは言う。マスターベーションでは射精できても、セックスで射精できないという腟内射精障害が不妊治療の現場でも問題になるという。
[注2]平成27年度厚生労働省子ども・子育て支援推進調査研究事業「我が国における男性不妊に対する検査・治療に関する調査研究」では、造精機能障害のうち30.2%が精索静脈瘤だった。
小堀さんによれば、腟内射精障害の原因の約半数は、不適切なマスターベーション。射精障害ではない人を含めた一般の3000人に聞いた小堀さんらの調査によると、床に陰部を強く押し付ける、ぎゅっと握る、足を伸ばしていないと射精できないといった不適切なマスターベーションをしている人が約10%弱の割合で存在し、これらの人はそうした強い刺激でないと射精できなくなってしまい、将来、腟内射精障害に進む可能性があるという。
「現実的に子どもが欲しいけれどできないという段階で切羽詰まって、我々の元を受診する人が大半だと思いますが、未婚の人や子どものことをまだ現実的に考えていない人の中にも、こうした不妊症予備軍の人は多いのです」(小堀さん)
射精障害には心理的要因を含めて様々な要因が関係するため、夫婦でのカウンセリングが必要になることもある。小堀さんの診療では「メンズトレーニングカップ」(TENGAヘルスケア)という補助具を使用して、マスターベーション自体を正しく補正する指導なども行っている。また、射精障害の治療に長期間を要する場合は、子どもを授かることを優先して人工授精などが必要になることが多いという。
「男性から取り組む不妊治療」を
男性不妊症を早期発見するために最も重要なのは精液検査を受けることだが、先述の男性不妊の実態調査[注1]によると、多くの人が最初の精液検査は産科・婦人科で受けており、5割近くは女性の検査が終わってから行っていた。また、カップルの約半数が精液検査の結果は「女性が一人で聞いた」という。まず女性が受診して検査を受け、その後に男性が受診するという流れが多く、男性は自分の体のことにもかかわらず女性任せにしている人が少なくないという実態が明らかになった。
不妊治療は「女性の問題」ではなく、「男女二人の問題」という意識を持つことが最初の一歩だ。女性の検査や治療ばかり長年続けても授からず、やっと男性の検査をして精子に原因があると分かったときには、夫婦ともに年齢を重ねていて授かりにくくなっていたというケースも実際にあるという。また、不妊治療は時間との勝負でもあるので、大切な時間をロスしないためにも、男性ができるだけ早く精液検査を受けて精子の状況を知ることが大前提だ。そして、受診するときは二人で一緒に話を聞き、二人で考えていくという心構えを持とう。
「自分の精子の状況が分かれば次の手が見えてきます。男性側から精子を調べていこうと意識を変えて、ぜひ行動につなげてほしいと考えています」(小堀さん)
男性不妊症を早期発見するためのスクリーニング検査(疑いのある人を発見する検査)として、「TENGA MEN'S LOUPE」(TENGAヘルスケア)や「Seem」(リクルートライフスタイル)など、スマートフォンを用いて精子の状態を見られるキットも市販されている。自宅でこうしたキットを利用すれば、女性よりも男性の方が簡単に調べられ、時間のロスも減らすことができそうだ。
切羽詰まってから慌てるのではなく、あらかじめ不妊治療についての正しい知識を持っておくことも大切だ。自分の不妊症の知識がどのくらいあるかチェックできるeラーニングシステム(「こうのとりラーニング」https://www.el-re.dokkyomed.ac.jp)も開発されているので、一度、試してみよう。
(ライター 塚越小枝子)

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