酒は毒か薬か? 酒ジャーナリストが医師に聞いた

酒は「毒」なのか、「薬」なのか……。がんや生活習慣病、うつ病などのリスクを高めることが広く知られている一方で、昔から「百薬の長」ともいわれている。果たしてどちらなのか。そして、どうすれば健康的に飲めるのか。書籍『酒好き医師が教える最高の飲み方』(日経BP社)を執筆した酒ジャーナリストの葉石かおりさんと、監修を担当した自治医科大学附属さいたま医療センターの浅部伸一さんに、都内のとある場所で話を伺った。その場所については記事末で明かそう。
医師としては「酒は毒」と言わざるを得ない。だが……
――さまざまな調査の結果から、「酒は毒である」という話を聞きます。一方で、1日当たり日本酒なら1合程度、ビールなら中瓶1本という「適量」を守っていればそれほど心配ない、むしろカラダにいいという意見もあります。いったい、どちらが正しいのでしょうか?
浅部さん 医師の立場からは、「酒は基本的に毒」と言わざるを得ません。全国12地域、14万人を対象とした「多目的コホート研究」でも、「時々飲酒(週1回未満)している人」と比べて、「1日当たり日本酒換算で2合」あるいは「同、3合以上飲む人」のがんの発症リスクは、それぞれ1.4倍、1.6倍になります。こうした大きな集団での観察研究による報告は、科学的には「エビデンスレベル」が高いといえるのです。
葉石さん ただ一方で、適量を飲んでいればカラダにいいという「Jカーブ効果」もありますよね。飲酒量を横軸に、死亡率を縦軸にとると、グラフの形が「J」の字になるという、酒好きの間では有名な話です。

浅部さん 確かに、適量の飲酒が死亡率を下げるという報告もあります。ただ、それらの研究は、どちらかというと細胞実験や少人数での研究結果が目立っていて、その多くが「健康に良い可能性はある」が、まだ「議論のある」段階。つまり、エビデンスレベルが「やや弱い」ことは否めないんです。
葉石さん がーん。じゃあやっぱり「酒は毒」ですか……。それに、「適量」といっても、日本酒で1合、ビールで中瓶1本って、左党にとっては物足りないですよね…。
浅部さん 私も左党ですから、お気持ちは分かります。
葉石さん そうですよね、浅部さんもお酒がお好きですよね。ズバリ聞きますが、医師である浅部さんは、いつも「適量」で満足されているのでしょうか?
浅部さん そ、それはですね……。いつも「適量」とはいかないかもしれません(笑)。
飲み方を変えたら体重3kg減、体脂肪5%減!
――適量とされている飲酒量は、1日当たりに換算すると物足りないかもしれませんが、1週間のうちに休肝日を設けたりすれば、もっと飲んでもいいのでしょうか。
葉石さん この本にあるように、多くの専門家、医師に取材して分かったのが、1日というより1週間での総量が大事ということでした。つまり1週間のなかでやりくりすればいいということ。
1日当たり日本酒1合というのは、純アルコール量で20gですが、週に換算すれば約150gなんです。休肝日を設ければ、多く飲んでもいい日を作れる。そういうやりくりをしていけば、健康で楽しく飲み続けることができることを学びました。
浅部さん そういったやりくりはとても大切ですね。もちろん、1日で約150g飲んで残り6日は休肝日、といった極端な飲み方はダメですが。

葉石さん実は、書籍『酒好き医師が教える最高の飲み方』のもとになった連載「左党の一分」を通じて取材した医師はほとんどが自分も酒好きという方で、適量では物足りなさそうな私を見て、「それならこういう飲み方をしてみるといいよ」と教えてくださったんです。
取材を進めるうちに、会食が多い週は自宅での飲みをやめる、休肝日を増やす、朝晩は体重計に乗るというのが習慣化していきました。その結果、体重は3kg減り、体脂肪も5%減。オーバーしていた中性脂肪も基準値に収まりました。やっぱり、医師のアドバイスは間違いないと感じています。
――おお、効果てきめんですね。
葉石さん 朝の目覚めも良く、むくみもなくなり、以前よりもすこぶる体調も肌の調子もいい。運動も取り入れて、とても健康になりました。ダイエットは継続中です。
浅部さん 適量は絶対に守らなくてはいけないと思うと、お酒がおいしくなくなってしまいますよね。適量を「意識」するだけでもだいぶ飲み方が変わってきます。
葉石さん そうなんです。「たまにやらかしてしまってもいい」ぐらいの気持ちでいると、気が楽になって、休肝日も我慢できる。するとカラダの調子が良くなって、ますます健康的に飲もうという気になるんです。
浅部さん 私は、「ゼロリスクで生きる必要はない」と思っているんです。あらゆるリスクを排除して生きようとする「ゼロリスク主義者」には、飲酒は勧められないかもしれません。でも、お酒が好きなら、飲酒の健康リスクをとって、お酒を楽しみたいと思うでしょう。そんな人たちは「どの程度のリスクなら許容できるか」を考えながら飲むべきです。この本は、そのための判断材料になりますね。
お世話になりたくない「抗酒剤」の恐怖
――酒好きな方は、一方で自分が「アルコール依存症」になったらどうしよう、という恐怖も感じているのではないかと思います。
葉石さん 私も以前は、夕方5時を回ると夕飯の支度をしながらビールをカシュと開けたり、休日は昼からスパークリングワインを飲んだりしていましたが、もうそんなことはしなくなりました。特に、アルコール依存症について取材してからは、怖くなりましたね……(「「私とお酒どっちが大事?」 酒と答える依存症の末路」)。
浅部さん 依存症は精神病の一種なので、専門外来が必要になるんです。病棟の雰囲気も独特だったでしょう。
葉石さん 特に怖かったのが「抗酒剤」の話です。遺伝子によってお酒の強さが決まるのはよく知られていますが、お酒にやたら強い人でもこの抗酒剤を飲むと強制的にお酒に弱くなり、つまり「下戸」になってしまう。だから、アルコール依存症で入院している患者さんがこっそり抜け出してコンビニでお酒を買って飲んでも、抗酒剤のおかげで顔が真っ赤になってすぐバレるんだそうです。抗酒剤のお世話だけにはなりたくないと思いました……(「お酒で赤くなる人、ならない人 がんのリスクも違う」)。
浅部さん 強制的にお酒に弱くなるということは、危険もあるんです。以前のお酒に強い自分のつもりで飲んだら、あっという間に急性アルコール中毒になります。実は、抗酒剤で死者も出ているんです。その人は、抗酒剤を飲んでいるのに「飲め飲め」と勧められてお酒を飲んで、急性アルコール中毒になったそうですが……。
葉石さん ますます怖くなりました……。

――アルコール依存症の人は109万人、その予備群は980万人もいると推計されています。こうした話を聞くと、酒量を減らそうという気にもなるのでは。そのコツは?
葉石さん 私が取材で聞いたのは、まず自分の「飲酒量の見える化」です。記録をとって把握すること。そのうえで、少しずつ減らしていく。いきなり無理な目標設定をしても、リバウンドしてしまいますから。ダイエットと同じですね。
浅部さん アルコール依存症かどうかは、WHOが掲げるAUDIT(飲酒習慣スクリーニングテスト)や、久里浜医療センターのKAST(久里浜式アルコール依存症スクリーニングテスト)で確認することができます。心配な方は一度、チェックしてみるといいでしょう。また、アルコールの強さについては、遺伝子検査やアルコールパッチテストで調べてみることをお勧めします。自分では強い遺伝子型だと思っていても、実は中間タイプだった、ということもよくあるので。
自分のタイプを知り、味わって楽しく飲もう!
葉石さん 実は、私も調べてみたら、自分は中間タイプだということが分かったんです。まさに、鍛えられてお酒に強くなったタイプだと(「「鍛えれば酒に強くなる」は迷信か 遺伝と酵素の不思議」)。
浅部さん 中間タイプのほうが食道がんのリスクなどが高かったりします。遺伝子型について調べれば、飲み方も変わってくるでしょうね。
――どのようなリスクをとるかは個人の選択次第ですが、どうせならおいしいお酒を楽しく味わいたいものですよね。最後にこの記事を読んでいる方にアドバイスをお願いします。
葉石さん 「獺祭」でおなじみ、山口県の旭酒造の会長には、「酒は飲むものではなく、味わうもの」という名言があるんです。まさにこれですね。ただ飲んで酔っ払うのではなく、おいしい料理といい仲間とともに一生涯飲み続けるためにも、健康を害すことがない自分なりの飲み方を見つけていただきたいです。
浅部さん 私は、「その日の体調と相談しながら酒量を決めてください」ということですね。一律にこれくらいの量を飲むと考えるのではなく、体調がいまいちなら付き合いで1杯だけにするとか。それと、悪酔いや二日酔いを防ぐためには、お酒と一緒にたんぱく質、脂質、食物繊維、ビタミンなどをバランスよく含んだおつまみを食べる。つまり、お酒は料理と一緒に味わうもの、ですよ。
――確かに、今日はお2人とも、料理もお酒もしっかり味わっていますね。
葉石さん このお店、お料理も日本酒も本当においしいでしょう。
浅部さん いや、素晴らしいですよ。おかわりいいですか。
――すでに本日の「適量」は超えてしまったような気もしますが……。
葉石さん 明日は休肝日にします(笑)。



(日経Gooday編集部)
[日経Gooday 2017年11月28日付記事を再構成]
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