お酒で顔が赤くなる人はご用心 食道がんのリスク上昇

2016年に新たに食道がんと診断された人の数は2万2800人。同じ消化器系の胃がんが13万3900人であるのに比べると、決して多くはない(国立がん研究センター「がん罹患数予測」2016年)が、食道がんは外科的手術が非常に難しく、進行すれば大がかりな手術となることもある。どのような生活習慣が食道がんを招くのか、そして、発見された場合の治療法について、昭和大学江東豊洲病院消化器センター長・教授の井上晴洋氏に聞いた。
食道がんの原因は、お酒と熱い料理
――食道がんは、いったん発症すると手術が非常に難しいがんだと聞きますが、食道がんを引き起こす原因は何でしょうか。
日本人が食道がんになる第一の原因は、アルコールです。お酒が原因で健康を壊す時は、肝臓、膵臓、食道、この3つのいずれかがダメージを受けるというパターンがあって、食道がやられると食道がんになりやすい傾向があります。食道がん患者の7~8割を男性が占めているのも、仕事の付き合いでお酒を飲む機会が多いことが影響すると思われます。
食道がんにはたばこも関係しますが、咽頭がん[注1]ほどではありません。ただ、喫煙する人はだいたいお酒も飲むので、喫煙者にも食道がんが多いといわれています。
――お酒を多く飲む人ほど、食道がんになりやすいということですか。
食道がんは、お酒をたくさん飲む人というよりも、飲酒で顔が赤くなる「フラッシャー」の人が発症しやすい傾向にあります。フラッシャーとは、アルコールが分解されてできる発がん性物質「アセトアルデヒド」に関連して、顔などの毛細血管が拡張して赤くなる人のことを指します。その人がフラッシャーかどうかは、体内でアセトアルデヒドを分解する「アセトアルデヒド脱水素酵素(ALDH)」の1つである「ALDH2」の活性によって決まります。生まれつきこの酵素の活性が低ければ、アセトアルデヒドがなかなか分解されずに体内に長く残り、発がんにつながります。
特に危険なのは、「昔はすぐに顔が赤くなったのに、付き合いで鍛えられて飲めるようになった。今はワイン1本でも平気」という人。約半数の日本人がこのタイプに該当します。ビール1杯でフラフラになってしまうような人は、お酒を飲まない(飲めない)ので食道がんにはあまりなりません。反対に、一升瓶を空けても顔色が変わらない酒豪は、ALDH2の活性が高いので、やはり食道がんになることは少ないといわれています。この中間、フラッシャーなのに飲めてしまう人が毎日飲む生活を続けると、食道がんのリスクが上がります。
また、唾液中のアセトアルデヒド濃度は血中濃度よりも高く、口から食道に至る粘膜は高い濃度のアセトアルデヒドにさらされます。このことも食道がんの発生に関与するといわれています。
――お酒以外に、食道がん発症の原因となるものはありますか。
食道のやけどを起こすような熱い食べ物は問題です。胃の内部は分厚い粘膜に覆われているので多少やけどをしても大丈夫ですが、食道粘膜の表面を覆う「扁平上皮(へんぺいじょうひ)」は薄いので、やけどを繰り返すと扁平上皮のがんを引き起こします。
食道の扁平上皮がんは、圧倒的にアジアに多く見られます。皆さんご存じの通り、鍋物やお粥など、アジアにはフウフウ言いながら食べる熱々の料理が多く見られます。欧米にはそれほど熱い料理がありません。扁平上皮がんがアジアに多いのは、こうした食文化の影響もあるとされています。一方、欧米の食道がんは種類が異なり、逆流性食道炎[注2]が原因になることが多いのです。
――食道がんは自覚症状があるのでしょうか。
[注1]咽頭がん:鼻の突き当たり付近から食道の入り口までを範囲とする、喉のがん。
[注2]逆流性食道炎:胃酸などが逆流して食道の炎症を起こす。これを繰り返すと、食道の粘膜が変質した状態(バレット食道と呼ばれる)となり、バレット食道がんと呼ばれるがん発生のもととなる。近年、日本でもこのタイプのがんが増えつつある。
残念ながら初期症状はほとんどなく、無症状に近い状態です。がんの進み具合によっては、食べ物を飲み込んだときに胸の奥が痛む、熱い物を飲み込んだときにしみる、食道で食べ物がつかえる、体重が減少する、胸や背中が痛む、むせるような咳が出る、血の混じった痰が出る、声がかすれるなどの症状が出ることもあります。症状が長く続く時は注意が必要です。
がんのがんたるゆえんは、痛みがない、症状がないことで、これはほぼすべてのがんに共通します。症状が出た時には進行していて、手遅れということもしばしばです。無症状のうちに内視鏡検査を受けなければ、早期発見は困難です。
早期なら内視鏡治療が可能だが、進行すると大がかりな手術に
――がんが見つかったら切除するのが第一だと思いますが、早期がんの場合はどのように切除するのですか。
分かりやすく言うと、早期がんは転移の可能性がないがん、進行がんは転移の可能性が高い、あるいはすでに転移しているがんです。早期がんなら内視鏡治療、進行がんなら外科的手術で切除するのが治療の基本です。早期がんに対しては、内視鏡でがんの部分の粘膜をはがす、内視鏡的粘膜下層剥離術(ESD)が広く行われています(表1)。内視鏡で切除すればほぼ元の状態に戻ることができ、生活の質を落とすこともありません。

――進行がんに対して行う外科的手術は、内視鏡とどう違うのですか。
食道は、心臓と肺の後ろ側で、背骨の手前という、胸の中の一番深い所にあります(図1)。医師の間で「胸の一番深い場所にあるのは、神のいたずらだ」といわれるほど手術しにくい場所なので、食道がんの手術は大がかりです。開胸して、深い所の食道のがんやリンパ節を切除したら、胃を持ち上げて食道とつながなければなりません。万一ここで縫合不全[注3]が起きたら、肺と心臓の後ろに膿(うみ)がたまるので致命的となることもありえます。

また、食道がんは首のリンパ節に転移しやすいので、手術では胸とおなか、さらに首も切開する必要があります。言ってみれば、肺と胃と甲状腺、この3つの手術を一度に行うようなものです。胃がんや大腸がんの手術は約3時間で、手術室で呼吸器を外して病棟に着く頃には意識もはっきりしています。でも、食道がんの手術は5~7時間かかるうえ、すぐに病棟には行けず集中治療室に運ばれます。それほど手術の規模が大きく、患者さんの負担も大きいのです。
――放射線や抗がん剤による治療はいかがですか。
手術による体へのダメージを「侵襲」といいますが、手術を行うかどうかは、患者の体力と、手術侵襲との兼ね合いで決めます。手術しない時と手術した時、どちらのほうが生命のリスクが高いかを考え、手術しないほうがいい場合には放射線や抗がん剤による治療を検討します。
放射線は、手術に比べて体への負担が少ないという意味では無難な治療です。進行した食道がんで放射線が効く人はおよそ半分で、抗がん剤も同程度です。でも、「効く」と「治る」は違います。いったん効いても再びがんが育つので、根絶やしにはできません。それに、副作用もあります。こうした問題を事前に見極められないのが、がん治療の難しいところです。
早期発見のポイントは、任意の内視鏡検査
――年1回、自治体や会社の健康診断で、食道がんの早期発見ができるのですか。
一般の健康診断はもちろん受けるべきですが、残念ながら早期のがんを狙って拾い上げるタイプの検査ではありません。そのため、食道がんを早期発見するには、一般の内科や人間ドックなどで胃の内視鏡検査(上部消化管内視鏡検査)を自主的に受ける必要があります。胃の内視鏡検査では、咽頭から食道、胃、十二指腸まで、内視鏡が通る場所を一通りチェックできるので、50歳を過ぎたら年1回の検査をお勧めします[注4]。
血液検査の「腫瘍マーカー」という項目の異常は、進行がんなら発見できますが、早期がんの多くは分かりません。食道がんを早期の段階で見つけるなら、やはり内視鏡検査が一番です。
[注3] 縫合不全:手術で縫い合わせた組織がうまくくっつかずに開いてしまうこと。術後合併症の1つ。
[注4] 自覚症状や検査値の異常などがなく、「病気が心配なので検査を希望する」という場合は、一般的に健康診断とみなされ、全額自己負担となる。検査費用は医療機関によって異なるため、事前に要確認。

(ライター 田中美香)
[日経Gooday 2017年8月24日付記事を再構成]
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