疲れて「寛容力」が下がったら… まず3日間休もう
『寛容力のコツ』著者に聞く(3)

ささいなことに腹を立てず、ちょっとした言葉に傷つかない人になりたい。そう思っても、このストレス社会では不可能なのではないか、と思う読者も多いかもしれない。『寛容力のコツ』の著者である心理カウンセラーの下園壮太さんは、寛容でなくなる直接的な原因として、無意識のうちに蓄積する「疲労」がかなり影響する、と解説する。
寛容力低下の8割は「プチうつ」が原因
――下園さんの新著『寛容力のコツ』の中で「私は、寛容力が低下している人のうち8割ぐらいは、疲労がたまり、許容範囲が狭くなり、そのことによって他人や自分を責めている『プチうつ状態』の人ではないかと考えています」という言葉が印象的でした。寛容力には、疲労が強く関係しているのですね。
普段は何の問題もなく人とコミュニケーションができている人も、疲労度が高まると、途端に他人を許す、自分を許すということが難しくなり、ささいなことでキレるようになるのです。例えば、異動があり、これまでとは違う部署で仕事をすることになった。この環境変化だけで大きくエネルギーを消耗します。疲労がたまるとまず、次のような身体症状が出ます。
【疲労による身体症状の例】
頭が痛い
肩が凝る
目が痛い
耳が詰まったような感じがする
眠りが浅くなる
この段階で疲労を回復できず、疲れを持ち越してもう一段階上にまで疲労度が高まると、今度は心に変調が起こり始めます。ネガティブなことばかりに意識が向き、イライラし始めるのです。
ところが、このイライラをぶつけられてしまった相手は「この人は疲れて弱っているのだな」とはなかなか思ってくれないでしょう。パワハラ上司の中には、へとへとに疲れ、心は悲鳴を上げているのに虚勢を張っているという人がかなりいるのです。この段階を私は、「プチうつ」と呼んでいます。かわいらしい名前をつけていますが、本人はかなりの苦しさにあえいでいます。ただ、一見したところでは元気そうに見えるので、周囲からは理解を得にくいのです。
――その疲労がさらに進むと、うつっぽくなるのですね。
そうです。イライラするエネルギーすら尽きてしまい、涙が止まらなくなるなど、感情を抑制できなくなったり、感情そのものが出てこなくなったりします。こうなると「うつ病」という診断名がつきます。
「プチうつ」のときには、自分が理解されず、気遣ってもらえないことへの被害者意識が大きくなります。しかし、このようなときは、周囲がどうこうではなく、自分をケアするために、「休む」のが一番の対処法となるのです。
3日間、集中して休んでみよう
――「休む」方法として、「3日間、集中して休む」というやり方が著書では紹介されています。ひたすら眠り、本も雑誌も読まない、ネットからも距離を置く。食事は出前をとるか事前に買い込むなど、とにかく何もしないことが大切なのですね。うっかり、「休んだときこそ自分を見つめ直そう」などと考えて、自己啓発書を読もうとする人もいそうですが。
だまされたと思ってやってみてほしい。とても役立つ方法です。そもそもこれは戦場で生まれた知恵なのです。戦場に行くと、肉体的にも精神的にも、過酷な状況であるためにあっという間に消耗し、疲弊し、本来のパフォーマンスを発揮できなくなります。かつてはこれは精神疾患によるものだと思われていたのですが、あるとき「とりあえず休ませよう」と3日間、何もしないで休息させてみると、非常に効果的だったのです。
現代人が元気を取り戻すためのポイントは、とにかく、刺激から離れて休憩をすること。原始人のときであればエネルギーを取り戻すためには「食べること」が重要だった。しかし今、パソコンやスマホのおかげでどうしても24時間態勢で頑張り続けなければいけない現実があります。だからこそ、ネットやメールといった「感情への刺激」から離れ、何もしないことが大切なのです。
――その「休みどき」が自覚できない人がいるかもしれません。

その通り。今、あなた自身の体にスマホの電池残量みたいな表示があるとしたら、どのぐらいエネルギーは残っていると感じますか?
実は、多くの人は、エネルギーの減り具合を自覚できていません。運動後の「はぁー、疲れた!」という疲労は分かるけれども、日常の中では「そんなに疲れていません」とおっしゃる人が多いのです。
しかし、実際にはけっこう疲れていて、その疲れはどこに表面化するか。仕事の能率の悪さや、寛容力の低下に出るのです。まさに、イライラを封じ込めるエネルギーがなくなった状態が「疲労がたまった」状態。わけもなくイライラするときには、とりあえず休もう、と切り替えてみましょう。
――家族がいる場合、なかなか3日連続で休むのは気が引けるということもあるかもしれません。
集中的に休みをとることで、気力も体力も取り戻したい、と真剣に伝え、理解してもらいましょう。家の中にいるとゆっくり休めない、という場合は、ビジネスホテルなどに泊まる人もいます。自分のために必要不可欠な経費だと思えば、実行できるのではないでしょうか。
人間はきわめて動物的な生き物
――「人は完璧ではないし、一定でもない、一貫性もないもの」という著書の言葉に、なるほどと思いました。なのに、完璧であること、誰に対してもいつも穏やかに対処できることを理想とするから、「寛容力がない」自分を責め、さらに寛容力を落としていくという負のループにはまるのですね。
一生懸命働いてきた人ほど、いつも一定であり、完璧に、一貫性を持ちたい、と努力してきたはずです。自分の心のどこかを麻痺させてでも頑張る技術を磨いてきたのです。
しかし、ちょっとした苦痛があっても、我慢、我慢、と押し込めることが続くと、いつか決壊するときがきます。
気持ちが決壊して、人に気持ちをぶつけてしまった。ああ、ダメになってしまった。そんなときこそ、「人間ってこうなるんだな」という現実を知るチャンスなのだと思ってください。
心身ともに健康でパフォーマンスの高いときには、人は同じことを他人にも期待します。人の弱さを理解できません。しかし、人間の弱さを身をもって知ると、次には他人への尺度もゆるめていくことができます。
だからこそ、まず自分に優しくなることによって、人にも優しくなれる。寛容力を高めていくには、自分に優しくなることが近道です。
――人間の本質は変わらない、という考えもあります。一定の年齢を過ぎても、物事の捉え方を変え、寛容力を高めていくことはできるでしょうか。
もちろんです。繰り返しますが、人はこうあるべき、ということをみなさんは子どもの頃に学校で習いすぎていて、その価値観を基準に、人を、そして自分を評価するクセがついてしまっています。
私はたくさんの人と接し、自衛隊の中で、戦場に行ったら、あるいは災害時に人はどうなるのか、ということも学んできました。その結果知ったことは、人間はきわめて動物的であるということ。疲れ次第で機嫌も変わるし、意見もコロコロ変わるのが人間です。今日は「NO」と言っても、明日は「YES」と言う。それくらい、常に揺れ動くのが人間なのだということをおなかの底から理解できれば、人に対しても優しくなれるものです。
(この項おわり)
【『寛容力のコツ』著者に聞く】

(ライター 柳本操)
[日経Gooday 2017年7月25日付記事を再構成]
健康や暮らしに役立つノウハウなどをまとめています。
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