「変化疲れ」が五月病の原因に 注意すべきはこんな人
こちら「メンタル産業医」相談室(7)

こんにちは、精神科医の奥田弘美です。やわらかな新緑と陽光に包まれる季節となりましたが、あなたの心と体はお元気でしょうか?
5月の連休も目前に迫ってきて、あれこれレジャーや旅行の予定を立てていらっしゃる方も少なくないと思います。そんなときに水を差すようで申し訳ありませんが、精神科医・産業医としてお伝えしたいのは、「連休はくれぐれも疲れを残さないように過ごしてください」ということ。なぜならば5月の連休明けからは、メンタルヘルス的には一つの大きな鬼門ともいえる要注意時期に突入するから。そう、いわゆる「五月病」が発生しやすくなるのです。
五月病とは正式な名称ではなく、医学的には「抑うつ状態」(気分が落ち込んで気力や行動力が乏しくなった状態)というものです。一般的には5月の連休が明けたころから夏ごろにかけて、特に新入社員や新入生を中心に起こりやすいとされています。
変化が多かった人、大きかった人は五月病になりやすい?
しかし五月病になるのは、新入社員や新入生だけではありません。新人ではない人も五月病になる可能性はあります。私の経験から申し上げると、次のような方は五月病が発生するリスクを十分に抱えているといえます。
〈五月病のリスクが高い人〉
●この春に自分自身が異動になった人、転勤になった人、転職した人
●もしくは自分ではなく上司や同僚、部下が異動するなどして職場の雰囲気や人間関係、仕事の進め方がかなり変わった人
●この春(もしくは昨年秋ごろから)昇進して新たな責任が加わった人、または新しいプロジェクトや仕事を任された人
●子どもが受験、卒業、入学などでプライベートがかなり慌ただしかった人(特に女性)
●この冬から春ごろにかけて、家族や自分自身の病気やけがなどによって、日常生活のリズムが乱れていた人
●メンタルや体の不調で復職して半年以内の人
●1~3月あたりが繁忙期で月45時間を超えるような長時間残業を月単位で行っていた人
いろいろなシチュエーションを列挙しましたが、これらの状況をシンプルに表すと「変化が多かった人」「大きな変化を経験した人」ということになります。
いわゆる五月病と呼ばれる「抑うつ状態」になると、次のような症状が出現します。
〈抑うつ状態の症状〉
●何となく気分がめいる日や時間が増える
●体がだるくて気力が出にくい
●今まで気軽にできていた日常的な家事や趣味的な活動が面倒くさい
●他人に会うのが何となくおっくう
●やる気が湧かず、会社に行くのに抵抗を感じる
●原因不明の体調不良(頭痛、胃腸の不調、めまい感)がちょくちょく起こる
●寝つきが悪い、もしくは眠りの途中で何回も起きる、早朝に起きるなどの睡眠不調が出現し、熟睡できない夜が増えてくる
●いつもよりイライラしたり怒ったり落ち込んだりと感情が不安定になる
こうした症状は、ごく軽くて生活や仕事にさほど支障がないレベルから、仕事や生活に悪影響が出たり、欠勤や遅刻が増えて勤怠が乱れたりといった病的なレベルまでさまざまです。症状が重い場合は「抑うつ状態」「適応障害」「うつ病」などの病名のついた診断書を提出して自宅療養となる人もいます。
ちなみに適応障害とは、「ストレスが原因で引き起こされるメンタル面や行動面の症状で、社会的な機能が著しく障害されている状態」を指します。
医者が適応障害という病名を使うときは、「明らかなストレス原因」があって発生していると判断される抑うつ状態や、不眠、メンタルが原因の身体症状(めまい、動悸〔どうき〕、頭痛など)、勤怠不良などがみられるときに使用します。総じて比較的軽めの症状に使用されることが多い病名です。
適応障害はストレス原因がはっきりしているので「ストレスから離れると6カ月以上症状が持続することはない」とされていますが、6カ月を過ぎても症状が改善しないこともあり、このときは「うつ病」など別の病名に診断が移行することもあります。
五月病はこのように病名がつくまで重症化する人もいますが、「何となくやる気が出ない」「身も心も重くてだるいなあ」と感じたまま、病気とは気づかずに自力でなんとか回復していく人も多くいます。
しかし油断は禁物です。繰り返しますが、どんな人だって五月病になり、場合によっては悪化していく可能性はゼロではないからです。そのリスクが特に高いのが、先ほど列挙した「変化が多かった人」「大きな変化を経験した人」です。
ポジティブな変化もストレスになる理由

実はあらゆる変化は人にストレスを発生させる原因となります。昇進、就職といったうれしい変化や、子どもの入学や卒業といった一見おめでたい変化でさえも、ストレスの原因になり得ます。
なぜかというと人は何らかの変化に遭遇したとき、程度の差はあるものの緊張したり警戒したりします。また、その変化に心身を対応させるために気力や体力を普段より使うからです。
例えば異動によって新しい部署に配属されれば、新しい上司、同僚に対して気を使いますし、新しいフロアやデスクといった環境、新規の仕事の手順など、さまざまな「新しいこと」があり、慣れるまで緊張しますよね。
さらに通勤場所が変化した場合は、生活リズムや通勤経路も変化します。朝ギリギリまで寝ていて家を飛び出し、寝ぼけ眼でボーっとしたままでも乗り換えや運転をこなして会社に到着していた日々とは異なり、新しい起床時刻や通勤経路に慣れるまでは落ち着かずピリピリします。
こうした緊張で「身も心もピーンと張りつめている感じ」のときには、自律神経のうち交感神経が普段より活性化します。
交感神経が活性化すると、体内ではアドレナリンやノルアドレナリンが分泌され血圧、脈拍、体温、筋肉の緊張度、脳の覚醒度が普段よりもアップしていきます。つまり簡単に言うと、変化が起こるとその変化になじむために、普段より「身体エネルギーを過剰に使っている状態」になるのです。そのため変化が重なったり、大きな変化に遭遇したりすると心や体のエネルギーを知らず知らずのうちに消耗してしまうというわけです。
この「変化ストレス」を数値化した非常に有名な指標に、「ストレスマグニチュード(社会的再適応評価尺度)」というものがあります。次回は、自分の変化ストレスの度合いがチェックできるその指標を紹介するとともに、変化ストレスが大きい人にとっての、連休中やそれ以降の過ごし方の注意点について紹介します。
【こちら「メンタル産業医」相談室】
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