渡瀬恒彦さん逝去 がんで免疫力が低下するのはなぜ?

俳優の渡瀬恒彦さんが多臓器不全で逝去された。享年72歳。
おととし(2015年)秋に胆のうがんであることを公表し、闘病中だった。手術は行わず、抗がん剤と放射線療法をされていたという。兄の渡哲也さんの話では、胆のうがんの発見時点で既にステージ4の末期で、余命1年と宣告されていたという。
2月中旬に左肺の気胸(肺が破れ、空気が漏れ出す病気)を発症。入院して治療をしつつ、前日まで番組出演の打ち合わせをしていたというが、亡くなる当日に敗血症を発症し、多臓器不全で死去された。
映画やドラマなどで活躍されていた渡瀬さん。古い話で恐縮だが、小学生のときに見た『南極物語』の越智健二郎役が印象に残っている。
まだまだ役者として活躍してほしかった。心よりご冥福をお祈りする。
胆のうがんとは?
胆のうがんとは、文字通り胆のうという臓器および、胆のうにくっついている胆のう管に発生したがんだが、皆さんは胆のうのことをどれくらいご存じだろうか。
胆のうは肝臓にぴったりとくっついているひょうたん型の袋状の臓器で、大きさは10cm弱。中には肝臓で作られた「胆汁」という液体が詰まっている。

胆汁は脂肪の消化を助ける緑色の液体で、主成分はビリルビンだ。激しくおう吐したときに、口の中が苦くなった経験がある人もいると思うが、あれが胆汁だ。食事のたびに胆のうが縮み、胆のう管を通り胆管に入り、十二指腸に流れ出て食べ物と混ざる。膵臓(すいぞう)からは「リパーゼ」と呼ばれる脂肪を分解する物質が出てきて、胆汁と混ざった脂肪を分解する。
胆汁がうまく流れなくなると、胆汁の成分であるビリルビンが血液の中に入り、皮膚や目などが黄色くなる。それが「黄疸(おうだん)」だ。ビリルビンは体の様々な臓器にもたまり、臓器の機能を悪くする。
話を胆のうがんに戻そう。
胆のうがんの多くは、胆のうの粘膜から発生する。がんが増えていくと、胆のうの壁を越える。肝臓にくっ付いている部分では、がん細胞が肝臓の中に入り込む。そうでない部分では、おなかの中に飛び出し、体中にばらまかれることもある。胆汁の通り道である胆管をふさいで、黄疸になることも多い。
胆のうの壁は胃や腸の壁と違って薄い。だから、胆のうがんはほかの消化器がんと比べてたちが悪い。がんが胆のうの固有筋層(胆のうの壁にある筋肉の層)までにとどまっているステージ1という初期の段階でも、5年生存率は60.1%と低い。
厚生労働省の人口動態統計によれば、2015年に胆のうの悪性新生物(胆のうがん)で亡くなった人は6248人。女性が3716人、男性が2532人と女性がやや多い。
敗血症で多臓器不全とは?
しかし、報道によれば渡瀬恒彦さんの直接死因は敗血症による多臓器不全とされている。
あれ? がんが原因ではないの? と思った方もいるだろう。
敗血症とは、細菌やウイルスなどによる感染が引き金となって、体が過剰に反応してしまい、生命を脅かす臓器の障害が出てしまうことをいう。
渡瀬さんの場合、治療中だった気胸が影響しているかは分からないが、わずか1日足らずで亡くなってしまったということは、症状が激烈だったということだ。
しかし、そうか、がんは関係ないのか、と思ったとしたら、早合点だといえる。がんは人の免疫力を低下させ、感染の危険性を高めるのだ。
なぜがんは免疫力を低下させるのか
どうしてがんになると免疫機能が低下するのだろうか。その理由は栄養不良だ。
がん細胞は非常に燃費の悪い細胞で、生きるのに通常の細胞の数倍のエネルギーを消費する。さらにがん細胞からサイトカインと呼ばれる物質が出てきて、肝臓や筋肉、脂肪を分解する。こうして栄養不良になり体がやせ衰えてゆく。これががん悪液質だ。
栄養不良になれば、細胞も作られにくくなる。免疫にかかわる細胞も次第に数が減っていく。これに加え、化学療法や放射線療法をしていれば、免疫にかかわる細胞を作る骨髄の細胞が傷害を受け、免疫にかかわる細胞がさらに減ってしまう。
こうして、体の防衛隊である免疫力が低下し、感染しやすくなるのだ。
人はいつかは亡くなるが……
誰でもいつかは亡くなる。それは避けようのない事実だ。
人生のしまい方は亡くなり方に大きな影響を受ける。
がんの末期の場合、いつ急変があってもおかしくないことは自覚しておきたい。家族に看取られてそれぞれに言いたいことを言って静かに亡くなるというわけではない場合も多いのだ。本人も家族も、そのことは知っておくべきだ。
渡瀬さんの逝去は、このことを改めて教えてくれる。
どうぞ安らかにお眠りください。
参考資料
国立がん研究センターがん情報サービス「胆のうがん」
週刊医学界新聞「敗血症の新定義・診断基準を読み解く」
近畿大学医学部附属病院臨床研究センター講師・病理医。1971年横浜市生まれ。東京大学理学部生物学科動物学専攻卒、神戸大学医学部医学科卒。神戸大学医学部附属病院、兵庫県赤穂市民病院などを経て、近畿大学医学部附属病院臨床研究センター講師(病理学教室、病理診断科兼任)。病理専門医、細胞診専門医。著書に「嘘と絶望の生命科学」(文春新書 986)、「医者ムラの真実」(ディスカヴァー携書)、「わたしの病気は何ですか?――病理診断科への招待」岩波科学ライブラリー)などがある。
[日経Gooday 2017年3月22日付記事を再構成]
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