ストレスを感じるとおなかが痛くなるのはなぜ?

「どの臓器も多かれ少なかれ、ストレスの影響を受けますが、なかでも腸はストレスに敏感な、いわば"感じやすい臓器"。ストレスを受けると、その刺激が脳から腸へと伝わり、腸の運動が過敏になる。近年、その仕組みがかなり分かってきました」。そう話すのは、東北大学大学院医学系研究科行動医学教授の福土審氏だ。
「今日のプレゼンは失敗が許されない」「あの上司は苦手だ…」などといったストレスを感じると、体の中ではすぐさまこんな反応が起こる。
ストレスを感じたとき、体内ではどんなことが起きているか
まず脳の視床下部にある「室傍核」(しつぼうかく)というところから「副腎皮質刺激ホルモン放出ホルモン(CRH)」の分泌量が増える。このホルモンは、腎臓の隣にある「副腎」から分泌される「コルチゾール」(代表的なストレスホルモン)の放出を促したり、交感神経を活発にして心拍数や血圧を上昇させたりするが、同時に骨盤部の副交感神経に働きかけて腸の運動も促すという。このため、その人にとって非常に高いストレスを感じると、腸が活発に動いた結果、おなかにキリキリとした痛みを感じることがあるわけだ。

このような腸の"感じやすさ"はなぜ起こるのか。「ストレスを受けると脳からCRHが放出されるだけでなく、大腸の腸壁でアレルギー反応に似た現象が起こることも最近明らかになりました。つまり、腸自体がちょっとした刺激にも反応しやすくなるのです。こうして、腸の"知覚過敏化"が進むと考えられます」と福土氏。外界のストレスに影響されやすく、しかも過敏に反応してしまう。なんともナイーブな臓器が、腸なのである。
さらに、腸の状態は神経を介して脳へと伝えられ、気分や感情に大きな影響を及ぼす。「腸が過敏な状態が長期間続くと、不安障害やうつ状態になりやすくなるとの指摘もあります。脳と腸は互いに密接に関係し合っている。これは『脳腸相関』と呼ばれ、近年、注目されている現象です」と福土氏は言う。
過敏性腸症候群の人は激しい腹痛・下痢にも
さらに人によっては、おなかのキリキリした痛みにとどまらず、耐え難い腹痛や下痢にまで症状が悪化してしまうケースもある。
「私たちの研究では、こうしたタイプの人の中には過敏性腸症候群(IBS)の患者が多く含まれていることが明らかになりました。大腸が激しく動くため、腹痛や下痢などの症状が起きてしまうのです。IBSは、全人口の5~10人に1人といわれるほどありふれた病気。症状が軽度で、診断に至っていないという人もたくさんいます」と福土氏は言う。
IBSは、ストレスが引き金になって、腹痛や下痢・便秘などの便通異常を繰り返す病気だ。仕事や人間関係などのストレスを感じると、突如として腹痛や激しい便意に見舞われる。トイレに行って排便するとすっきりするが、職場や通勤電車内など、時と場所を選ばずに起こるので厄介だ。本人の悩みも深刻で、日常生活にも支障が出かねない。
IBSの人は、周囲から「気が小さい」「神経質」などといわれがちだが、必ずしもそんなことはない。「実際に腸を調べてみると、腸自体が刺激に対して非常に敏感なのです」と福土氏は言う。
空気の入った小さな袋を肛門から入れて、腸の敏感度を調べる検査法がある。袋の中の空気を徐々に増やして腸壁に圧力をかけていくと、あるところで「痛い」と感じるが、IBS患者の場合は健常者が何も感じないくらいの圧力でも腹痛を覚えたり、また健常者が弱い痛みしか感じないような刺激でも強い腹痛を覚えたりする。
腹式呼吸や瞑想でストレス対策を
ストレスを受けるたびに腹痛に見舞われるのはつらいものだ。トイレに駆け込まなくてもいいようにするには、どうしたらいいのか。福土氏は「何よりストレス対策が重要」と、こんなアドバイスをしてくれた。
「1日1回でもいいので、腹式呼吸をしたり、瞑想をしたりして心を落ち着かせる時間を持つといいですね。呼吸は、ゆっくりと長く息を吐くようにすると効果的です」
また、生活習慣を見直すことも大切だ。「夜更かしをやめて、早寝早起きにするなど、規則正しい生活を送るように心がけてください。『通勤電車で便意を催したら…』という不安から朝食を抜く人も多いですが、むしろ食事は取ったほうがいいです。不安だからと回避していると、かえって不安が増大します。食べたところでどうということはないという状態を経験し、それに慣れていった方が生活しやすくなります。早めに起きれば、余裕を持って食事やトイレの時間も確保できます」(福土氏)。それでも症状が治まらなければ、早めに医師へ相談しよう。
(ライター 佐田節子)
この人に聞きました
東北大学大学院医学系研究科行動医学教授。1958年秋田県生まれ。東北大学医学部医学科卒業。医学博士。専門は行動医学、心身医学。デューク大学医学部研究員、東北大学病院心療内科助教授などを経て、1999年から現職。東北大学病院心療内科でIBSなどの治療にも当たる。IBSの国際診断基準(ローマ3、4基準)の作成にも携わる。ストレス性疾患の代表であるIBSを通して、脳と腸との深い関係を探る。「脳腸相関」という言葉の名付け親でもある。著書に『内臓感覚 脳と腸の不思議な関係』(NHKブックス)がある。
[日経Gooday 2015年1月16日付記事を再構成]
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