高カカオチョコは腸内で善玉菌を増やす

ライフスタイルで腸内フローラは変わる
まず「長寿菌が健康寿命を決める」と題し、理化学研究所イノベーション推進センターの辨野(べんの)義己さんが腸内フローラの重要性を語った。
人間の腸の中には1000種以上、実に600兆個を超える細菌が存在。その総重量は1kg以上になるという。腸内細菌には人間の健康にプラスに働く善玉菌とマイナスに働く悪玉菌、どちらともいえない日和見菌がいるが、辨野さんによると「肥満、糖尿病、がんに関係する悪玉菌がいることも分かってきた」という。腸内細菌はおなかの調子にとどまらず、全身の健康にも大きく影響しているわけだ。
2011年から2013年にかけて、辨野さんたちは3220人の腸内フローラを解析。腸内フローラは性別、年齢によっても異なるが、ライフスタイルも大きく関係していることを確認した。若い女性でも不摂生な生活をしていると中高年男性に多いタイプの腸内フローラになってしまうこともあり、食生活を中心としたライフスタイルを改善することで腸内フローラも改善するという。
善玉菌の中でも大切なのは?
「善玉菌の中でも大切なのは、酢酸を産生するビフィズス菌と、酪酸を産生するフィーカリバクテリウム(大便桿菌)や大便球菌。これらは健康長寿に直結する菌で、私は"長寿菌"と呼んでいます」(辨野さん)
食物繊維や乳酸菌が多い食事、適度な運動と睡眠、規則正しい生活サイクル。これらを心がけることで、ビフィズス菌や酪酸産生菌が増えていく。「これらの菌が増え、腸内フローラが改善されることで免疫機能が高まり、病気になりにくくなります」と辨野さん。だから"長寿菌"というわけだ。
カカオの健康成分はポリフェノールだけではない
続いて、明治と共同で高カカオチョコレートの研究をした帝京大学理工学部バイオサイエンス学科の古賀仁一郎准教授が壇上に立ち、「高カカオチョコレートの継続摂取による短鎖脂肪酸産生菌の増加」について話した。
これまでもチョコレートの原料であるカカオの健康効果に関して、多くの研究が行われてきた。今回の共同研究のきっかけは2014年に愛知県蒲郡市、明治、愛知学院大学が共同で行った「チョコレート摂取による健康機能に関する実証研究」、通称「蒲郡スタディ」と呼ばれる研究だ。
45歳から69歳の347人に、高カカオチョコレート(カカオ分72%)を1日25g、4週間食べてもらった。その結果、脳の神経細胞の活動を促進するBDNF(脳由来神経栄養因子)の増加による認知症予防の可能性、動脈硬化のリスク低減、血圧低下、HDL(善玉)コレステロール値の上昇など、カカオに含まれるポリフェノールの機能性が確認された[注1]。
さらに、多くの被験者から「便通が改善した」という意外な感想が寄せられたという。
「これはポリフェノールの作用では説明できない。そこでカカオに含まれるたんぱく質、"カカオプロテイン"に着目したわけです」と古賀准教授は説明する。
カカオプロテインは消化されにくいことで知られる。人工消化試験にて牛乳に含まれるカゼインの消化率を100とすると、大豆たんぱく質は51.2、カカオプロテインは33.3しかないという。つまり、「食物繊維やオリゴ糖と同じく、小腸で消化吸収されずに大腸に到達するのです」と古賀准教授。
[注1]http://www.meiji.co.jp/chocohealthlife/news/research_final.html
善玉菌を増やして便通を改善
そこで今回明治と帝京大学が共同で「カカオプロテインの便通改善効果」を調べた[注2]。
対象は20歳以上50歳未満、排便回数が週4回以下(便秘気味)の女性たち。15人にカカオが含まれないホワイトチョコレートを、16人に高カカオチョコレート(カカオ分72%)を1日25gずつ、2週間食べ続けてもらった。なお、どちらもカロリーの差はなく、試験期間中に体重の増減は見られなかったという。
するとホワイトチョコ群に比べて高カカオチョコレート群は(1)排便回数が多くなった(2)便の色が薄くなった(3)便の量が増えた--といった効果が確認された。
なぜ、こういった結果が得られたのか。例えば食物繊維をとると便の量が増える。しかし、推奨される食物繊維の量は1日約20gなのに対し、25gの高カカオチョコレートに含まれるカカオプロテインは1g程度しかない。食物繊維を合算しても1日推奨量には届かない。「ならばオリゴ糖のように、腸内の善玉菌のエサになって善玉菌の増殖を促進しているのではないかと考えました」と古賀准教授。
その後、NGS法(菌のDNAを解読する最新技術)で被験者の腸内フローラを調べたところ、高カカオ群の女性たちはフィーカリバクテリウムなど4種類の短鎖脂肪酸産生菌が増えたことが分かった。

[注2]https://www.meiji.co.jp/corporate/pressrelease/2016/detail/20160929_01.html
短鎖脂肪酸が増えるとなぜいい?
なお、短鎖脂肪酸とは酢酸、酪酸、プロピオン酸などの脂肪酸のこと。「フィーカリバクテリウムは、その中でも特に酪酸を大量に産生する菌。長寿の人の腸内に多く存在することから、ビフィズス菌、乳酸菌に続く善玉菌といわれています」と古賀准教授は話す。
腸内に酪酸などの短鎖脂肪酸が増えると、ぜん動運動などの活発化による「便通改善」に加えて、腐敗産物減少と粘膜上皮細胞の異常増殖抑制による「大腸がんの抑制」、クローン病などの「炎症性腸疾患(IBD)の予防」、インスリンの分泌促進による「糖尿病の予防」などが期待できるといわれている。
つまり、「高カカオチョコレートの継続摂取で、最近増えている大腸がん、IBD、糖尿病のリスクを下げる可能性があるわけです」と古賀准教授は締めくくった。
カカオプロテインは酪酸産生菌を増やし、大腸がんなどのリスクを下げる――。
これからチョコレートを食べるときには、ぜひカカオの含有量にも注目していただきたい。
この人に聞きました
理化学研究所イノベーション推進センター辨野特別研究室特別招聘研究員。1982年、東京大学大学院農学系研究科博士課程修了。理化学研究所バイオリソースセンター微生物材料開発室長を経て現職。日本臨床腸内微生物学会理事。近著に『自力で腸を強くする30の法則』(宝島社)、『100歳まで元気な人は何を食べているか?』(三笠書房)など。
帝京大学理工学部バイオサイエンス学科准教授。1985年、東京大学農学部卒業。明治製菓食料健康総合研究所機能研究センター長、明治食機能科学研究所機能性評価研究二部長を経て、2012年より現職。主に機能性食品素材の研究に携わる。
(ライター 伊藤和弘)
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