緊張の春、呼吸法で乗り切る カギは「ゆっくり深く」

ストレスを強く感じたときには「息が詰まる」「息苦しい」と言い、リラックスすれば「息抜きができた」などと言う。心の状態を呼吸になぞらえ表現することは多い。
「心と呼吸は深い関係がある」と話すのは、呼吸生理学に詳しい、東京有明医療大学(東京・江東)副学長の本間生夫教授だ。ヒトは1日に約2万回呼吸する。たいていが無自覚な呼吸だ。不安度が増すと、呼吸が速く浅くなって乱れてくる。
自律神経に作用
原因の1つが自律神経。「嫌なことや心配事があり精神的に不安定な状態が続くと自律神経などの働きが変わる」と首都大学東京(東京都八王子市)人間健康科学研究科の北一郎教授。その結果「呼吸が速くなる、心臓がドキドキするなどの反応が出る」と説明する。

逆に、呼吸を整えれば不安を和らげることも可能だという。ドキドキしたら、意図的にしっかり吸ってしっかり吐くことで自律神経などに働きかけ「感情をある程度コントロールできる」(本間教授)。ゆっくり深い呼吸は、自律神経のうち、リラックスに関係する副交感神経の働きをよくし、気分が落ち着く。
さらに、自律神経だけでなく「一定のゆっくりしたリズムの呼吸は、ヒトの心の動きを支配している、大脳辺縁系の扁桃(へんとう)体と呼ばれる場所に働きかける」と本間教授。「扁桃体には呼吸のリズムをつかさどる部位もあり、心の動きとゆったりとした呼吸が同調し、落ち着かせてくれる」仕組みだ。
北教授は「脳内にセロトニンという物質が増え、不安や抑うつ気分や衝動的な気分を抑えてくれる」とも指摘する。セロトニンは、幸福感を感じられる物質とされ、呼吸など規則正しく単純なリズム運動で増えるという。ジョギングや水泳時の呼吸は効果的だ。
意識が大切に
ただし、セロトニンを増やすために必要なのは「今、吸っているとか吐いているなどと呼吸を意識すること」(北教授)。特に静かに長く吐くといい。通常の倍ほどゆっくりの、4秒で吸って6秒で吐いてみると違ってくるという。座禅やヨガの呼吸法と似ている。
また、呼吸に関する筋肉をしなやかにすることで、深い呼吸がしやすくなり、よりリラックスできるという。
呼吸筋は首や肩周り、胸や背中、腹の複数の筋肉からなり、吸息筋(吸うときの筋肉)と呼息筋(吐くときの筋肉)がある。例えば、鎖骨の辺りにある僧帽筋や、肋骨の下部にある横隔膜は吸息筋で、腹部の腹直筋や肋骨の中の内肋間(ろっかん)筋は呼息筋だ。
「現代人は知らず知らず浅い呼吸になりがち。呼吸筋があまり使われず、固まっていることが多い」と本間教授。本間教授は、深い呼吸のために、呼吸筋を意識して使う「シクソトロピーストレッチ」を提唱する。
基本は吸息筋を伸ばしながら息を吸い、呼息筋を伸ばしているときには吐く。刺激で筋肉の弾力性がアップするという。

代表的なストレッチは吸う筋肉を使う「胸と背中のストレッチ」と吐く筋肉を使う「胸壁のストレッチ」。吸う筋肉の場合、息を吸いきるまでボールを抱えるように背中を丸めるのがコツ。吐く筋肉の場合は、肩甲骨を広げるイメージでゆっくり息を吸い、次に肩甲骨を中央に寄せるようにして息を吐いていく。立つのがつらい場合は椅子に座ってもいい。
鼻から吸い、口から吐くと、ゆっくり深く呼吸しやすい。回数は1回でも徐々に筋肉がほぐれ、動かしやすくなっていくので無理は禁物。ただ、継続しないと、筋肉は元通り硬くなってしまう。毎日続けよう。
本間教授が肺の働きが落ちて息苦しいと感じている患者に実践してもらったところ「息苦しさからくる不安感が軽減された」という。日ごろ動かさない筋肉を動かすのは気持ちもいいと感じるはず。筋力がついて姿勢もよくなり、肺機能も高まる効果も期待できる。
自分はどんな呼吸をしているか「気づきが大切」と本間教授。うっかりすると浅くなっているかもしれない。深くゆっくりした呼吸で心と体をラクにしよう。
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弓道や華道も呼吸が要
感情を呼吸でコントロールできる例として、本間教授は、日本の能の表現と呼吸に注目している。能の動きは静的で、能面で表情を隠すが、情感は見ている者に伝わる。呼吸で心の動きを表現しているからだ。
北教授も「弓道や華道など『道』のつくものには呼吸をうまく使っているものが多い」という。弓道では、的をねらうとき、息をゆっくり吐いて気持ちと姿勢を安定させている。
思えば華道や茶道も心が落ち着く。呼吸で心を落ち着かせることを経験的にやってきた。不安なことが多い昨今だが「伝統文化に目を向けると、心の健康につながるものがある」(本間教授)。
(ライター 小長井 絵里)
[日経プラスワン2016年3月26日付]
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