認知症を防ぐには 「歩きながら計算」で頭の体操

2013年に厚生労働省が発表した調査結果では、65歳以上の認知症の人は約15%にあたる462万人。これに、記憶障害などがあるが日常生活には問題ないといった、MCIの診断を受けた400万人を加えると862万人。4人に1人は何らかの認知機能低下があるという計算になる。
発症を遅らせる
MCIのまま放置すると約5~7年でその半数ほどが認知症に進行するともいわれる。MCIの人はもちろん、今は健康な中高年の認知機能低下を防ぎ、将来の認知症発症を遅らせることがより大切になっている。
厚労省の調査の代表研究者を務めた東京医科歯科大学医学部脳統合機能研究センターの朝田隆特任教授は「たとえ2年でも症状を遅らせることができれば、患者自身が豊かな生活を送る時間が増えるだけでなく、介護や医療費の負担を減らすことにもなる」と話す。ちなみに「患者のピークは85~89歳。働き盛りから発症する若年性認知症は5%」だという。
認知機能はどうすれば維持することができるのだろうか。以前から「編み物など手を使う作業がいい」「きちょうめんな人は認知症になりやすく、おおらかな人はなりにくい」などという通説はあった。ただ、残念ながら科学的な裏付けのあるものは少ない。
朝田特任教授は、「認知症予防に効果があるのは、運動の習慣化、認知機能向上のために考案された課題をする教育(脳トレ)。食事による十分な栄養や社会性、睡眠などだ」と世界の研究成果を分析した結果を話す。これらのアプローチが「総合的に組み合わさることで効果をあげている」(朝田特任教授)。
仲間と一緒に
MCIの人のためのデイケアプログラムを実施する施設も登場している。オリーブクリニックお茶の水(東京・文京)では、筋力トレーニング、認知トレーニング、芸術などのプログラムを組み合わせている。「MCIへの効果について、科学的な裏付けがある方法として多くの施設で導入が始まっているのがデュアルタスク(2重の課題)」(山本三幸院長)という。

国立長寿医療研究センターなどが研究を進めてきたもので、頭と体の課題など2つのことを同時に行うエクササイズ(図参照)だ。歩きながら計算するというふうに、何か体を動かす作業をしながら、頭を使うことがポイントになる。
こうしたケアをグループで行うこと自体にも意味がある。認知症の進行には患者の社会性が関わっている可能性があるからだ。2014年にフィンランドで報告されたリポートでは、他人に対して否定的に考える皮肉屋の人ほど認知症になりやすいという結果が出た。
高齢者1449人に設問に答えてもらうテストを実施。「出世するために皆ウソをついている」「人は信頼できない」といった、他人に対して否定的な項目に同意した人は、そうでない人より認知症であるリスクが3倍も高かったという。

両者の差の原因について「社会性を持つということが重要であるといえるのではないか」と朝田特任教授。皮肉屋の人は、否定的になるあまり、人とうまくいかなくなり、孤独な感情が強い可能性がある。
また、MCI患者は家族から「また同じことを言う」「こんなこともできないのか」などと否定され、現状に不安を感じたり、孤独になったりする。デイケアで同じレベルの人と話し、行動を共にすることが脳をリラックスさせ、症状の改善にもつながるという。
実はこういったMCIの患者のためのプログラムは、健康な人の認知症予防にも使えるという。
朝田特任教授は「ほとんどの認知症は加齢性の疾患で、若い頃からの生活習慣の積み重ねで起こると考えられる」と指摘。脳卒中や心筋梗塞を予防するために運動や食事で肥満改善や血圧管理を心掛けるように、「日ごろの生活に認知症予防のためのデュアルタスクを加えてみては」と話す。
また、「ある集団を調査した結果、学歴が高いほど認知症になりにくいことが分かった。知的探求心が旺盛なことが関係すると考えられている」(朝田特任教授)。様々なことに興味を持つのも予防法になりそうだ。
「できない」→「困った」が脳を活性化
オリーブクリニックお茶の水の約2時間のデイケアに参加してみた。記憶トレーニングや「ながら動作」に挑戦する。手始めは、膝の上に手を置き、左手は前後に、右手は握って上下に動かすといったもの。なんとかこなせていたが、次第に左手は上下に、右手で宙に数字を1から5まで描くという難題になる。途中で手を交代すると、もうついていけない。
悩んでしまったが、トレーナーによると「できる」ことが大切なのではなく、できずに「困った」「どうすればいい」と思うときに脳は活性化するのだそうだ。参加者同士、和気あいあいと楽しくできるのも、会話が増え、脳によさそうだ。
(ライター 荒川 直樹)
[日経プラスワン2016年2月13日付]
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