それ「治せる認知症」かも? すり足や歩幅減少に注意
進行すると有効な治療が難しいとされる認知症だが、中には手術などで治ったり症状が改善したりすることが多いタイプがある。「特発性正常圧水頭症(iNPH)」だ。聞き慣れない病名だが、老化やアルツハイマー型認知症などと間違われているケースも多いという。この「治せる認知症」を見逃さないために、専門医の適切な診断を受けることが大切だ。
川崎市に住む塚本幸江さん(78)は5年ほど前から何もない場所で転ぶことが増えた。年のせいなのかと思っていたが、かかりつけ医のすすめで2020年9月、健康診断で脳のコンピューター断層撮影装置(CT)画像を撮った。その結果、思いがけない病名「iNPH」と伝えられた。「水頭症は子供の病気だと思っていたので驚いた」と明かす。
診断後すぐに腰椎から腹腔(ふくくう)に髄液を流す手術を受けた。手術と術後のリハビリを終えて、2週間半ほどで退院できた。「頭がすっきりしている。まっすぐ歩けるようになったのがうれしい」と手術後の症状の改善を実感している。
iNPHは脳の中央にある脳室に脳を保護する脳脊髄(ずい)液がたまりすぎることで起きる。運動機能や認知機能などに障害が出る原因不明の病気だ。健康な人でも適度な量の髄液が脳内を満たしているが、iNPHの患者は髄液の量が多すぎて脳を圧迫することで症状が現れる。

髄液を抜いて圧迫を取り除く手術をすれば、症状は改善することが多い。だが、帝京大学溝口病院(川崎市)の脳神経外科専門医、中根一教授は「病気自体が認知されておらず、受診率が低い」と指摘する。
一部の症状が似ているアルツハイマー型認知症などと診断されたりすることも少なくない。患者数は実は65歳以上人口の1~2%を占め、認知症患者の1割にあたる80万人ほどの潜在患者がいるとされる。ただ、年間の手術件数は6000件程度にとどまるという。
iNPHで最も典型的な症状は歩行障害で、すり足になったり、歩幅が狭くなったりする。だが年齢を重ねると、足腰の筋肉が落ちたり関節の可動域が狭まったりして転びやすくなるため、iNPHなのか老化による運動機能の低下なのか判別するのは難しい。「大腿骨骨折や腰椎損傷などのけがをした高齢者の検査でiNPHが見つかることもある」(中根教授)
認知機能の低下も多くの患者にみられる。ぼんやりしている時間が増えたり、注意力が低下したりなどの変化だが、アルツハイマー型認知症と区別しづらく、もの忘れ外来を受診してもiNPHを疑われないこともある。

だが、脳のCT画像を見れば診断につながる。アルツハイマー型認知症の患者や健常者と比べて脳の中央にある脳室が大きい特徴がある。さらに正確な診断のために、「タップテスト」と呼ぶ検査をする。腰椎から髄液を抜き取り、歩行障害などの症状が改善されれば、iNPHと診断される。
治療は外科手術が有効だ。カテーテルで髄液を腹腔などに流す手術をする。手術では3センチほどのシャントバルブという器具を腰や頭などに埋め込み、脳内に流れる髄液の量を調整できるようにする。
手術後は埋め込んでいるシャントバルブが壊れないよう注意する必要がある。転ぶことは厳禁。肥満や便秘になるとカテーテルが圧迫されて設定したバルブの圧が合わなくなるため、日常的な運動が欠かせない。手術で症状が治まれば歩行機能も改善するため、活動的に過ごすのがお勧めだ。髄液を抜く量が多すぎると頭が痛くなることがあるが、バルブの圧を体外から磁力で調整し、水を流れにくくすることで症状は緩和できる。
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家族や周囲の気づきが重要
特発性正常圧水頭症(iNPH)の早期発見や治療には、家族など周囲の支援が欠かせない。
中根教授は「歩行障害や認知機能の低下が現れたら、iNPHも疑ってみてほしい」と話す。行動や様子の変化を周囲が気付くことが重要だ。手術を受ければ症状を改善できるため、介護の際のコミュニケーションのとりづらさや体を支える負担も軽くできる。
身近な人がiNPHかもと思ったら、QLife(キューライフ、東京・港)が運営する専門病院の検索サイトなどで、専門医がいる病院を調べられる。かかりつけ医から専門の脳神経外科を紹介してもらうと診断につながりやすい。
診断されてから手術を待つ間も、筋力が落ちないよう介助をしながら足腰のリハビリテーションをした方がいい。
(松隈未帆)
[日本経済新聞夕刊2021年4月28日付]
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