肺がん治療、タイプごとに 新薬相次ぎ選択肢広がる
副作用対策、より重要に
様々ながんの中でも治療が難しく、予後が悪い――そんな肺がんの治療が変わりつつある。効果が高い分子標的薬や免疫薬が相次いで登場。がんのタイプに応じた治療の選択肢が一気に増えたためだ。一方で薬を使う順番や副作用の対策などが重要さを増している。患者や家族も、知識を持って医師らと相談していくのがよい。

5月上旬、国立がん研究センター中央病院(東京・中央)の診察室で、呼吸器内科の後藤悌医師が、60歳代の女性を診察している。女性は4年前に肺がんと診断され、アストラゼネカの肺がん治療薬「イレッサ」で治療したが、がんに耐性ができて効かなくなった。2018年から同社の新しい薬である「タグリッソ」を使い、治療と仕事を両立している。
タグリッソは、がんの増殖に関わる「EGFR」遺伝子が変異した患者が飲む錠剤だ。肺がんの80~85%を占める「非小細胞肺がん」の患者のうち、手術ができないか再発した人が対象。がんの増殖を促す酵素の働きを邪魔する分子標的薬で、第3世代と呼ぶ最新の治療薬だ。
1日に1回、80ミリグラムの錠剤1錠を飲む。副作用が強い場合は、量を半減して使う。1錠(80ミリグラム)の値段は約2万4千円で、国の保険や高額療養費制度を使うことで毎月の患者の負担額は3万円強~10万円弱になる。
アストラゼネカの「イレッサ」など第1~2世代の分子標的薬を使うと、がん細胞の表面で薬がくっつく部分の形が変わり、1年程度で次第に薬が効かなくなる。だが、タグリッソはこの耐性が付いたがんの一部にも効く。まず16年に、耐性ができた肺がん患者向けに国が承認。18年8月から、1回目の治療で使えるようになった。分子標的薬に多い下痢や発疹などの副作用も、比較的少ないとされる。
14~16年に日本など29カ国の556人の患者で臨床試験(治験)を実施。1回目の治療で広く使われていたイレッサや中外製薬のタルセバを使うグループではがんの悪化を防いだ期間(中央値)は10.2カ月だったが、タグリッソは18.9カ月と長かった。後藤医師は「最近は、ほぼ全員の患者が初回からタグリッソを使っている。副作用が少ないのも特徴だ」と話す。

タグリッソを使う前には、肺がん細胞のEGFR遺伝子変異の有無を調べる必要がある。がん組織や、採血した血液中のがん細胞のDNAを抽出して調べる。遺伝子検査の費用は2万5千円で、患者の負担は2500~7500円だ。
EGFR遺伝子の変異を持つ非小細胞肺がんの主力の治療薬となったタグリッソだが、使い続けるうちにがんは遺伝子の変異を繰り返して薬が効かなくなる耐性がでるのは同じ。耐性が出た患者は、髪の毛が抜けるなどの副作用が強い化学療法を受けることになる。
そこでまず第2世代以前の分子標的薬を使い、耐性が生じた後にタグリッソに切り替える動きも出ている。最初からタグリッソを使うよりも、分子標的薬で治療できる期間を長くできる可能性がある。ファイザーが3月に発売した「ビジンプロ」は第2世代の薬で、タグリッソの前に使う薬の有力候補だ。
ビジンプロの治験に参加した神奈川県立がんセンターの加藤晃史・呼吸器内科医長は「がんの悪化を防いだ期間は14.7カ月と、イレッサの9.2カ月より長かった」と話す。成人は1日1回、45ミリグラムの錠剤を飲む。副作用が強い人は量を減らす。1錠あたりの値段は1万円強で、国の保険や高額療養費制度を使うことで毎月の患者の負担額は3万円強~10万円弱になる。
一方、分子標的薬で狙うEGFRなどの数個の遺伝子に変異が無い非小細胞肺がんの患者の治療法も進化している。初回の治療からがん免疫薬などを使う。
がんを攻撃する免疫細胞の働きに関わる「PD-L1」分子を持つがん細胞が多い人は、MSDのがん免疫薬「キイトルーダ」を単独か抗がん剤との併用で使うか、中外製薬の「テセントリク」を化学療法と併用で使う。PD-L1分子が少ない人は「キイトルーダ」か「テセントリク」を従来の抗がん剤と併用するか、従来の抗がん剤だけを使うかなど、使い分けが進んでいる。
2002年にイレッサが登場するまでは、プラチナ製剤やタキサン系という従来型の化学療法が肺がん治療の中心だった。免疫力が下がり髪の毛が抜けるなどの副作用が強いだけでなく、予後も悪かった。1990年代の肺がん患者の5年生存率は男性で2割強と、全てのがんの半分程度にとどまった。
製薬各社は予後が悪く患者数が多い肺がん治療薬の開発に注力。その結果、肺がんはがんのタイプごとに治療の個別化が進んだ。ただ、患者の生存期間が延びた分、下痢や発疹、肺炎などの副作用への対応が重要さを増している。腫瘍内科医や皮膚科医など、専門が異なる医師や看護師、薬剤師の連携が大事になる。
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患者増、生存率向上なお課題
高齢化に伴い、肺がん患者は増え続けている。国立がん研究センターの推計によると、2014年に新たに肺がんと診断されたのは11万4550人。1980年の2万5千人弱の4.6倍に増えた。同じ期間の全がん患者は3.5倍に増えたが、肺がん患者の増加スピードのほうが上回る。
治療薬の進歩に伴い、5年生存率も向上してきた。2006~08年に肺がんだと診断された人の生存率は31.9%と、1993~96年の22.5%から9ポイント強上がった。副作用が比較的少なく効果が高い分子標的薬が相次いで登場したことが大きい。抗がん剤や手術、放射線に続く「第4の治療法」として免疫チェックポイント阻害剤も登場。治療の手段が多彩になった。
だが06~08年の診断で5年生存率が97%超の前立腺がんや、90%を超える乳がんに比べればまだ低水準だ。治療が難しい理由について、国立がん研究センターの後藤悌医師は「早期発見が難しく、進行も早い」と説明する。生存率を上げるには検診率の向上なども欠かせないようだ。
(草塩拓郎)
[日本経済新聞朝刊2019年5月20日付]
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