放射性物質の体内投与でがん攻撃 「内用療法」に遅れ
厳しい規制、改善求める声

放射性物質を体内に投与し、その放射線でがんを治療する「内用療法」が海外に比べて立ち遅れている。専用設備での厳重な管理が負担となり、近年、不採算とみて取りやめる病院が出ているためだ。学会や患者らが規制の見直しなどを求めた運動を始めた。
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福島県立医科大学は1月、内用療法に使う専用の病室を稼働した。9床あるのは国内最大規模になる。政府の東日本大震災の復興予算で建設した。織内昇教授は「支援無しで自前で設置するのは難しかった」と話す。
内用療法は放射性物質をがん周辺に送り込み、その放射線でがん細胞などを倒す治療法だ。放射性物質にはがんに集まる工夫がしてあり、飲んだり注射したりすると患部で働く。がんの種類によって使う放射性物質は異なり、多くは外来で治療できる。
甲状腺がんの治療に使われることが多い。甲状腺を全て摘出する手術を受け、転移もあるといった条件のときに欠かせない治療法だ。放射性物質のヨウ素をたくさん飲む治療を受ける場合には、入院が必要になる。年間約3000例の実績がある。
扉や壁は鉛入り

福島県立医科大の新病室も甲状腺がんの治療に使う。病室は厳重で、病室の出入り口には前室があり、扉や壁には放射線を通さない鉛が入っている。ヨウ素は体内にとりこまれ、しばらく患者から放射線が出るためだ。その放射線が弱まるまでの数日間、隔離しなければならない。排気や排水でも放射性物質が漏れない構造になっている。
運用も厳しく、退出時には専用装置で手や衣服の線量を測る。患者が入院中でも家族は中に入れず、モニターを使って会話する。ちり紙など患者が出したゴミは特別に処理する。被ばく防止のために、退院後1週間は空室にする必要がある。
放射線医学総合研究所の東達也部長は「施設の建て替えなどのタイミングで内用療法をやめる病院が増えた」と指摘する。この治療は初期投資だけでなく、維持費もかかる。病室を退院後約1週間あけるのも負担だ。治療期間と合わせると、1つの病床で約2週間で1人しか受け入れられない。病院経営の「お荷物」となっており「ある程度の病床数がないと採算を取ることは難しい」(織内教授)。
日本核医学会がまとめた調査によると、2015年の国内の病床数は135。滋賀や奈良など1床もない県もあり「地域格差が大きい」(東部長)。ベッドはフル回転に近い状態だ。

13年に関係学会が患者にしたアンケート調査では、半数以上が「治療まで1年以上待った」という。半年以上治療が遅れると、死亡リスクが約4倍増えるという報告もあり大きな問題だ。甲状腺がんで内用療法の入院治療を必要とする患者の半数しか受け入れられていないという指摘もある。
改善に向けて医師や患者団体、企業が連携して動き出した。患者の支援団体や関係する医師が中心となり昨年12月、「核医学診療推進国民会議」を立ち上げた。今年1月に厚生労働省、2月には原子力規制庁に要望書を提出した。
要望の一つは診療報酬の増額だ。医療機関にとって赤字部門となり病床不足となっていることから、診療報酬を改善して病床を増やす体制作りを訴えた。
もう一つは規制の緩和だ。日本は海外に比べて放射性物質の使用の制限が厳しい。専用設備がなくても、一般の病床で治療できるように求めた。
新薬開発に向けた法整備の必要性も指摘した。海外では、前立腺がんなどで新たな放射性物質の創薬が進む。国内では、海外で未承認の新薬を患者で試す医師主導の臨床試験をする場合、放射線障害防止法の対象になる。この規制に沿う医療施設がほとんど無いという。
治療求め欧州へ
企業が製品化に向けて実施する臨床試験は厚生労働省の通知などに従っている。それに沿う病院はあるが病床は甲状腺がんの患者でいっぱいで、臨床試験に病床を用意するのが難しい。核医学診療推進国民会議代表を務める金沢大学の絹谷清剛教授は「病床数が足りないと、新薬の導入も進まない」と警鐘を鳴らす。
影響は出ている。国内未認可の放射性物質のルテチウムを使った膵臓(すいぞう)や消化管の神経内分泌腫瘍の治療を求めて、ドイツやスイスに行く患者が後を絶たないという。
この薬剤は今年度にも国内で臨床試験が始まる予定だが、対象患者が少なく、実施する企業が長らくいなかったのが現状だ。ほかにも同じような状況の薬があるという。絹谷教授は「不利益を被っている患者がいる。解消に向けて関係省庁は取り組んでほしい」と訴える。
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独 ベッド数多く 米 規制緩やか
内用療法を外来で受ける場合の放射性物質の制限は国によって異なる。日本は治療後に帰宅できる基準を1110メガ(メガは100万)ベクレル以下としているが、米国は5倍の5550メガベクレルまで外来で治療可能だ。転移のある患者もほぼ外来で治療できて、専用病室はほぼ必要ない。
ドイツは日本よりも厳しく250メガベクレルだ。それでも入院できる施設が120以上もあるため人口8万人あたり1床という比率だ。日本は2015年の調査で、入院できる専用病室を持つ機関は52施設、人口94万人あたり1床と少ない。
国内の過去の調査をもとに専門家の中には「3700メガベクレルまでは外来で投与しても安全」という声もある。日本核医学会は3700メガベクレルまでの緩和を目指した研究を計画している。病床数についても340床以上を目標として掲げており、フランスと同程度の35万人あたり1床にしようと働きかけている。
(藤井寛子)
[日本経済新聞朝刊2017年5月1日付]
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