治療前後の手入れを怠ると… インプラント抜けるかも

歯のインプラント治療では、まず「歯槽骨」と呼ぶあごの骨に穴を開けて金属製のインプラントを埋め込み、その上にセラミックスなどの人工の歯を固定する。入れ歯より見た目が自然の歯に近く、食べ物をかむときに自分の歯に近い感覚が得られる。国の保険がきかない自由診療のため、患者の負担は1本当たり50万円程度と高額になるが、国内で約300万人が治療を受けてきた。
ただし治療前後の手入れを怠ると、インプラントの周囲に細菌が感染して炎症が起きる「インプラント周囲粘膜炎」になる。悪化すると歯槽骨が溶け、「インプラント周囲炎」に至る。
日本歯周病学会は昨年、インプラント治療を受けて3年以上たった267人の調査結果をまとめた。89人(33%)がインプラント周囲粘膜炎を、26人(9.7%)がインプラント周囲炎を起こしていた。

周囲炎がひどくなると、インプラントを抜くこともある。埼玉県に住む40歳代の女性は約10年前に日本大学松戸歯学部(千葉県松戸市)でインプラント治療を受けた。2~3カ月ごとに通院し手入れしていたが、治療した周囲からうみが出る状態になり、昨年インプラントを除去した。人工骨を移植し、義歯を装着して生活している。
歯周病がある人は30~60歳代の日本人の8割に上るとされ、4割強というのは少ないように見える。だが学会副理事長の日本大学松戸歯学部・小方頼昌教授は、「調査は治療後もきちんと歯磨きや通院を続けている人が対象」と指摘する。フォローアップのための通院をしない人は調査に入っておらず、実際の患者はさらに増えそうだ。
インプラントの周囲では、自然の歯より周囲炎や粘膜炎が悪化しやすいこともわかった。自然の歯では歯根と歯茎の間を「歯根膜」と呼ぶ強固な線維がつないでいるが、インプラントにはない。そのため「歯と歯茎の間に生じる歯周ポケットと呼ぶ溝がわずか数カ月で深くなり、周囲炎へつながりやすい」という。
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大事なインプラントを守るのは、治療前後の手入れだ。インプラント治療の対象となるのは歯を失った人で、その最大の原因は歯周病だ。小方教授は「インプラントの前に、まず周辺の歯周病の治療が必要」と話す。歯周病の治療が不十分なままインプラントの施術をすると、周囲炎につながるからだ。
まずはしっかりと歯周病を治そう。歯槽骨まで溶けている場合は、手術で骨を増やす処置も必要だ。治療したうえでインプラントを埋めこむには2~3年かかり、腰を据えて治療に取り組む必要がある。中には高額な治療費を目当てに歯周病を治療せずインプラントを施術する歯科医もおり、注意が必要だ。
インプラントを入れた後は、歯磨きを徹底する。食事やおやつの後はもちろん、1日1回は30分かけてしっかり磨く。歯と歯の境目に歯ブラシを当てて縦に動かす「縦磨き」と、歯と歯茎の境界にブラシを当てて横に動かす「横磨き」を組み合わせる。
時間のある夕食後、お風呂の中やテレビを見ながら磨くといい。歯ブラシは歯肉を傷つけない柔らかめから普通の硬さで、毛先が細く歯周ポケットの中まで届きやすいものがお薦めだ。
さらに3カ月に1回程度は、歯科医へ通院して処置を受ける。大阪大学の前田芳信教授は「細菌などが歯と歯茎の間に作るバイオフィルムや歯こう(プラーク)は、普段の歯磨きでは取り切れない。通院して取るのが大事だ」と話す。
歯周病学会の調査が示したように、通院を続けていてもインプラント周囲炎などにかかるリスクは低くない。前田教授は「インプラントはそもそも定期的に管理するものです」と強調する。せっかく入れたインプラントだ。しっかりケアして長持ちさせたい。
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日々のケア 3点セット併用
インプラント周囲炎の予防には、普段の歯磨きが重要だ。インプラントを埋め込んだ後は自然の歯より歯周病のリスクが高まるため、様々な道具を活用して丁寧に磨く必要がある。日大の小方教授が薦めるのが次の3点だ。
1つ目は、普通の歯ブラシには数列ある毛の束が1列しかない「ワンタフトブラシ」。奥歯に届きやすく、しっかり磨ける。
2つ目は歯の間の歯こうや食べ物のかすを取り除く「デンタルフロス」。絹糸や合成繊維でできた丈夫な糸で、歯の間に入れて動かし、歯の側面や隙間を掃除する。歯ブラシでは歯こうの5~7割しか取れないが、フロスを併用すれば9割まで取れる。
3つ目は周囲炎や周囲粘膜炎の進行度を調べる「ポケット探針」だ。目盛りの付いた針を歯と歯茎の間に差し込み、歯周ポケットの深さを測る。金属製もあるが、インプラントを入れた人は、歯茎とインプラントの接着部を傷つけにくいプラスチック製を使う。
3点セットを普通の歯ブラシと併用する。使いやすい道具を選べば、ケアに取り組むやる気も出てくるはずだ。
(草塩拓郎)
[日本経済新聞朝刊2017年1月22日付]
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