かかりつけ薬剤師と賢く 実務経験など課題
危険な飲み合わせ防止、重複防いで出費減らす…

24時間相談対応
「この量だと腎臓に負担がかかるので、半分の量にしませんか」。7月、日本調剤浦舟薬局(横浜市)の秋元展子薬剤師は同市の主婦(75)に、お薬手帳や薬局で保存している服用歴を見ながらこう話した。
糖尿病を患う主婦はこの日、ぼうこう炎で泌尿器科を受診。処方箋に抗生物質が記載されていた。ただ秋元さんはそのままでは腎臓に悪影響が出かねないと考え、医師に相談して量を半減させた。秋元さんは主婦のかかりつけ薬剤師。服薬管理を任され、訪れたときは専属として対応する。
患者が使う薬を一元管理し、健康面も含めた相談に原則、24時間対応するのがかかりつけ薬剤師だ。医療用医薬品だけでなく、市販の一般用医薬品(大衆薬)との飲み合わせも助言する。4月に創設され、患者は任せたい薬剤師を指名する同意書にサインする。
指名されると、薬局は次回の処方箋から1回につき700円(患者負担は3割なら210円)の「かかりつけ薬剤師指導料」を得ることができる。薬の効果や副作用を説明した文書提供や服用歴の作成などによる「薬剤服用歴管理指導料」(380円か500円)の代わりに受け取る。
患者にとっては負担増だが、担当が責任を持って薬を管理、副作用の危険や重複による無駄な出費を防いでくれる点がメリットだ。日本調剤はすでに数万人から同意文書を得たという。

診療報酬改定では、最寄りの大病院に処方箋を依存した「門前薬局」の報酬引き下げなどが盛り込まれた。こうした事情もあって薬局は指名の獲得に注力。使う薬が多い高齢者らに、負担増になることも含めて説明し、かかりつけ薬剤師に指名する考えがあるかどうかを尋ねる。
ただ薬剤師の誰もがかかりつけになれるわけではない。薬局での計3年以上の実務経験が前提だ。さらに所属する薬局に週32時間以上勤務し、6カ月以上在籍していた実績も要る。「地域に根差し、いつでも相談に乗れる薬剤師である必要があるため」(厚生労働省の担当者)。来年4月からは、定められた研修の受講も条件に加わる。
人材確保難しく

ある大手薬局チェーンの経営者は「子育てをしながらパートで働く薬剤師の比率は高い。週32時間働ける人を数多く確保するのは難しい」と打ち明ける。薬剤師の約6割は女性。出産・育児による休職や、夫の異動に伴って店を移らざるをえない場合がある。条件を満たす薬剤師は3割にとどまる大手薬局もある。
内科や整形外科、皮膚科など薬局によって処方量が多い領域は異なる。アイセイ薬局の藤井江美社長は「1、2年ごとに薬局を移らせて薬の知識を深めさせたいが、『6カ月の在籍』があると異動させにくい」と指摘する。
条件には「医療の係る地域活動の取組に参画していること」もある。薬局は申請時に「中学校で薬物乱用の危険性を説明した」「福祉センターで薬について講演した」などの事例を記載する。ただ地方厚生局によって基準が異なる場合があり、「同じ取り組みでも許可が下りない都道府県もある」(薬局チェーン)。
患者の服薬管理を一手に引き受けるためには、一定の経験は必要だ。患者が指名しても、すぐ異動になっては「かかりつけ」としての責任は果たせないだろう。制度はまだ始まったばかり。定着やサービス向上のための議論は続きそうだ。
◇ ◇
高齢者の飲み残し 年500億円
厚生労働省によると、2014年度末時点で薬局は全国に約5万7000カ所ある。うち7割が経営を1つの病院からの処方箋に頼る「門前薬局」とされる。同省は処方箋を十分確認せず薬を出す薬局があり、飲み残しの一因になっているとみる。飲み残しは在宅の75歳以上の高齢者で年間500億円に及ぶとされる。
医療費40兆円のうち、薬剤費は2割強を占める。かかりつけ薬剤師の創設には過剰・重複投薬を減らし、医療費を少しでも抑える狙いがある。ただ24時間の相談対応などハードルは高い。薬剤師は14年で28万8151人と10年前に比べ約2割増えたが、一段の増員が必要になりそうだ。
(鈴木慶太、奥田宏二)
[日本経済新聞朝刊2016年7月31日付]
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