アイリスオーヤマ(仙台市)の大山健太郎会長は19歳で家業を継ぎ、60年近く経営の第一線に立っている。その間には石油危機やバブル崩壊、東日本大震災など多くの危機を乗り越えてきた。連載企画「アイリスオーヤマ解剖」第2部では日本経済新聞社の動画コンテンツ配信「NIKKEI LIVE」に大山会長が出演した際の発言から、原料高や世界的な供給網の混乱といった危機に直面する多くの経営者にとってのヒントを探る。
多くの企業は急速な円安など、様々な環境変化に苦慮している。アイリスが危機に素早く対応できる舞台裏には、独特の「日報」が存在する。
アイリスグループの社員の多くは毎日、パソコンやスマートフォンで200字以内の文章を社内システムに投稿する。大山会長が「アイリスの頭脳」とまで表現する「ICジャーナル」だ。その日に実行した仕事を基に書くが、多くの企業が導入している日報とは性質が大きく異なる。
一般的な日報は取引先を訪れて得た注文などを書く。しかし大山会長は「行動記録は不要だ。何をしたかは結果で分かる。現場のアイデアや改善点を、ジャーナリストの目線で書けと言っている」と明かす。他社の家電製品が量販店で好評なため自社商品の機能を見直すことなど、記入者の意思が求められる。そしてICジャーナルは上司や同僚などが互いに閲覧できる。
ICジャーナルには個人名や製品などで検索し「フォロー」できる機能がある。大山会長は「みんな同僚がどんなことを書いているか気になるし、負けたくないと思う。僕はジャーナルの内容が悪いと本人に『最近、面白くないから読まないよ』と言っている」と語る。改善提案を競うことが変化対応力につながる。
新型コロナウイルスが流行し始めた2020年にマスクを国内生産できたのも共有の成果だ。「20年の1月に、中国・武漢での感染拡大を知った」と大山会長は語る。日本でも流行すると予測して工場の空きスペースをマスク生産に充てることを決断し、7月には本格生産を始められた。
約6カ月で生産開始に至った背景には、特有の仕組みがある。アイリスは毎週月曜に宮城県の主力拠点で「プレゼン会議」と呼ぶ商品開発の方針決定会議を開いている。
「一般的な会社は月次会議で方針を決める。しかし当社は社長や幹部が集まって年間およそ50回の会議を開き、現場担当者から商品開発のプレゼンテーションを聞く」。1つの商品のプレゼンに費やす時間は約5分間で、大山晃弘社長がゴーサインを出せば方針が決まる。日本企業にありがちな「稟議(りんぎ)書への印鑑集め」とは正反対だ。
そして「この会議が、社長の考えを社内に浸透させる場だ」とも語る。大山社長はプレゼンした担当者に対して何が良かったか、どうして承認できないのかを自身の言葉で伝え、多くの社員がそれを見る。「50回の会議に10年出れば500回だ。情報を共有する機会になっており、他社がまねしようとしても簡単ではない」と大山会長は言う。
プレゼン会議には社員の意識を変える狙いもある
アイリスの商品で、飛び抜けて高機能な物を探すのは難しい。そこには大山会長の「SRG哲学」がある。「機能はシンプルにしよう。価格はリーズナブルにする。品質はベストやベターではなくグッドでいい」を意味している。
開発者は製品に最先端の機能を持たせ、高額で販売したいと考えがちだ。しかし大山会長は「生活者の代弁者として日常の不満を見つけろ」と説く。掃除機を例に挙げれば、取り外せる小さなモップを付けて目に付いたほこりを手軽に取れるようにした。天井の照明は暗闇でリモコンを探す不便を解消するため、声で操作する機能を持たせた。
技術的に驚くものではないが、アイリスの商品には常にこんな背景がある。そのため社員は他社製品を自宅で徹底的に使い、不満を探す。これを「使い倒し」と呼ぶ。消費者に選ばれるには、不満解決のストーリーが欠かせない。
中国に主力の製造拠点を持つアイリスオーヤマにとって現在の円安や原料高、供給網の混乱はすべて逆風だ。難局を乗り切るには従来以上に消費者の不満をきめ細かく見つけ、社内で共有して多くの社員の知恵で解決する商品開発が求められる。大山会長が提唱する「ピンチはチャンス」の真価が今こそ問われている。
危機的な状況を乗り切るにはトップの素早い決断が重要だが、社内での「順送り」がそれを妨げていると大山健太郎会長は指摘する。「開発の提案者がデザイン部にアイデアを持って行き、次に製造部へ行く。あるいはマーケティング部門へ行く。トップは判断のために『競合と比較したデータを見せろ』となる」
実際のところ、一般社員のプレゼンを社長が毎週必ず聞く会社は少ない。現場から離れている経営トップが最終決断を下すには客観的な数字や競合他社のデータが必要になり「現場の生の声」は重要性が下がってしまいやすい。
それに対して大山会長は自社の形態を「関係部門がすべて会議に集まり、決まったら全員が一気に走り出すマラソンだ」と表現する。これはアイリスオーヤマの社内で「伴走方式」と呼んでおり、商品開発の初期段階から営業や生産、知的財産といった関係する各部門が一斉に仕事に取りかかることを指す。
最初に社長が現場担当者の意見を聞いて決裁しているため、各部門へ事前に根回しすることは必要ない。
一方で「効率を考えれば、駅伝方式の方がいい」とも語る。現場から各部門への順送りでは限られた人間が仕事をリレーするため、1つの商品に関与する社員が少なくて済む場合が多い。これにより結果的に生産性は上げやすい。ただし「駅伝ではチャンスロス、時間のロスが発生する。伴走方式は多くの人間が会議に毎週時間を割くので効率は悪いが、スピードは速い」。効率と速度のどちらを優先するかが経営者の選択だ。
アイリスオーヤマの経営の根幹には「ユーザーイン」という考え方がある。これについて大山会長は、ユーザーと顧客は違うと説く。「本当のユーザーとは店舗で商品を手に取ってレジで買う人のことだ」。店舗にはバイヤー(購買担当者)が存在し、アイリスの担当者が実際に訪問して営業をかける「顧客」はバイヤーであることも多い。
しかしバイヤーは店舗の利益や他社との競争関係などを考えて購買の方針を決める。直接の取引先であるバイヤーを意識するのではなく、ユーザーの目線で物事を考えることを求めている。「生活者は買い物で真剣勝負している」。大山会長は、こんな言葉でユーザーの考えを読み取ることの重要性を強調する。
商品提案が1回のプレゼンで決裁を受ける場合は少ない。通常は3回から4回の提案を重ね、大山晃弘社長の指摘を踏まえて改善していく。毎週のプレゼン会議は、ユーザーインに基づく発想を社員全員が身につける場でもある。
アイリスオーヤマの会議は速さを重視する
最先端の技術や自身の知見を取り入れた商品を開発したいという技術者の心情を大山会長は理解する。しかし「シンプル、リーズナブル、グッド」の条件を満たさなければ発売にはこぎ着けられない。そして結婚している社員には「自身が開発しようとする商品を自分の配偶者が買いたいと思うかどうか」を発想の起点に置くことを求める。
これにより供給者側から利用者側へ発想を転換することになる。アイリスで商品開発に携わる技術者は、自身の意識をユーザー目線で変革し続けることが欠かせない。
アイリスの社員数は5000人を超え、米中やフランスなど海外拠点も増えた。大山会長や大山社長の発想をグループ全体で確実に共有するハードルは今後ますます高くなる。アイリスの強みである「共有の力」を維持して一段と高めるには、どんな取り組みが必要なのか。さらに知恵を絞る必要がある。
(日経産業新聞副編集長 村松進)
=「アイリスオーヤマ解剖」は日経産業新聞の連載です。詳細な発言はNIKKEI LIVEで電子版有料会員の方に限り、こちらから視聴できます。
https://www.nikkei.com/live/event/EVT220509003/live
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