風車を海に浮かべる「浮体式」洋上風力を巡り、日米欧の開発計画が熱を帯びている。浮体式では先行していた日本勢だが、欧米勢が開発や事業に参画し肩を並べる。2022年1月初頭にはノルウェーのエクイノールが北海道沖に大規模発電所の建設計画を明らかにした。洋上風力の世界的なトレンドが風車を地面に固定する「着床式」から浮体式に移行しつつある中、日本勢の優位を保つことができるか。
おとそ気分が抜けない1月初旬。北海道で原子力発電所4基分の浮体式洋上風力の建設計画が突如浮上した。仕掛けたのはノルウェー石油大手のエクイノール。これまで北海周辺の英国やノルウェーで3つのプロジェクトを進める浮体式のエキスパートだ。海外では22年中に現在建設中の発電所を含め計17基の浮体式を動かす。
北海道で洋上風力建設を目指す日本企業からは「やれるとは思えない」と突き放した声があがった。だが海外企業が大規模な事業に乗り出したことは、日本企業にとっても大きな脅威となる。
エクイノールは原発4基分の出力に相当する400万キロワットの洋上風力発電所を早ければ30年代に北海道に建設することを目指している。同社は主に性能などの基本仕様を手掛け、日本企業に製造を委託。国内の造船会社との協業を狙う。これを北海道の4海域に浮かべ、それぞれ100万キロワット程度の発電所として稼働させる計画だ。
エクイノールは風力の適地として北海道沖に早くから注目していた。北海道沖では風速8~9メートル程度の風が吹く可能性があり、加えて浮体式の設置に向いている水深の深い海域も多い。浮体式のエキスパートとして狙いをつけた。
もっとも、洋上風力を建設するには政府が実施する公募で事業者として選ばれる必要がある。実際にエクイノールの発電所が計画通りに稼働するかは未知数だ。
洋上風力の中でも浮体式は日本企業に分がある。戸田建設が長崎県五島市沖で、日立造船や丸紅などが福岡県北九州市沖ですでに浮体式を1基ずつ稼働している。さらに戸田建設はENEOSや大阪ガスなどと企業連合を組み、五島市沖で新たに8基の浮体式洋上風力を建設する予定だ。
他にも新規参入が相次ぐ。東京ガスは20年、浮体式開発を手掛ける米プリンシプルパワーに出資した。内田高史社長は「浮体式で先陣を切りたい」と述べ、20年代の後半に実機を海に浮かべ、30年代の早い段階で商用化する青写真を描く。
東京電力ホールディングス傘下の東京電力リニューアブルパワー(RP)もデンマークの浮体式開発プロジェクトに出資し、21年11月に稼働した。ENEOSも浮体式開発の仏BWイデオルと共同で発電所の開発契約を結んだ。
日本企業が浮体式に注力するのは、日本海域が浮体式の立地に適していることがある。日本風力発電協会によると、着床式のポテンシャルが約1億2800万キロワットに対し、浮体式は約4億2400万キロワットと3倍以上にのぼる。
加えて政府が20年12月に発表したグリーン成長戦略で浮体式の開発と市場獲得の指針が打ち出され、官民挙げて浮体式にかける思いがのぞく。
国内勢は荒波でも壊れない機体開発で先手を打つ。ジャパンマリンユナイテッドは浮体の半分を潜水させる「セミサブ型」と呼ばれる型式の開発を進める。他の型式よりも構造が複雑なのが難点だが、浮体が揺れにくく、対応できる海域が広いことなどから大量導入時代のトップバッターとして有望だ。
同社は発電コストを抑えるべく風が強い沖合で発電することを目指しており、波の荒れ具合などの条件が悪くても壊れない頑丈なものをつくる。現在は1基当たり1万2000キロワット超の風車に対応できるモデルを作製中だ。
浮体式は一般的に津波や高潮など波浪対策を前提に設計されていて災害にも強いとされる。着床式は海底に固定するため、地震による揺れや津波による高波などにより機体が破損する可能性が大きい。浮体式は上下左右の振れに対応するよう「遊び」があるため、仮に100年に一度の大きい波浪があっても最終的にもとの位置に戻る。
ただTLP型のように、風車をつなぐ係留と呼ばれるくさりで強く引っ張る場合には、くさりを海底に固定するアンカーへの負担が強くかかるケースもある。
国は「浮体式洋上風力発電施設技術基準」で、過去に起こった最大レベルの地震・津波を考慮するように求めている。とはいえ浮体式は送電線を海中に浮かばせる方法をとることが多く、敷設面積の広いケーブルの損傷リスクを考える必要もある。
日本時間15日に発生した南太平洋のトンガ付近で発生した大規模噴火による潮位変化など、海面に浮かぶ洋上風力は常に津波や高潮など災害と向き合わなければならない。
日立造船の浮体式洋上風力発電の浮体構造部=NEDO提供
風車の稼働を20年とする浮体式洋上風力の設計では①50年に1度の強さの津波や地震、台風の自然災害があっても発電できる②過去最大級の自然災害であっても発電設備が流れて沿岸などの地域に影響を及ぼさない――。こうした想定を念頭に置いている。
具体的には、浮体を海面につなげるくさりが切れないように太くしたり、くさりを海底に固定するアンカー強度を高めたりと津波など潮位変化の影響を受けにくい設計を考慮する。
とはいえ、浮体式は沖合の水深が深い部分に設置するため、津波による水面の盛りあがりや水平方向の波のスピードは沿岸部に比べて緩やかだ。15日のトンガ付近での噴火により、浮体式の稼働が期待される岩手県久慈市沖では1メートル以上の潮位変化が観測されたが、入り組んだリアス式海岸による波の盛りあがりが影響したものの浮体式の稼働には問題ないレベルだった。
東京大学の鈴木英之教授は「設置実績の多い欧州などでは台風や地震の被害が少なく、自然災害に強い設計が十分に考慮されていないこともある」と指摘する。自然災害にも耐えられる浮体の設計は、日本海域に条件が近い東南アジアでも威力を発揮する。
だが国内では長期的な導入目標や、機体開発の条件整備がされていないため将来が見通せないとの見方もある。船のように海に浮かべる浮体式では、造船会社がドックを使って建設するのが一般的だが「造船会社は船を作る片手間に浮体を製造するのが現状だ」(鈴木教授)。導入目標を明確にし、造船会社が増産できる体制を整備しなければ、着床式のように海外勢の後じんを拝する事態にもなりかねない。
一方で浮体式の導入目標が不透明な日本に対し、海外では数値目標や開発計画が進行しつつある。英国は現状900万~1100万キロワット、米国はカリフォルニア州などで760万キロワットの開発計画がそれぞれ進む。このほか、スペインでは30年までに最大で300万キロワットの導入目標を掲げる。
東アジアでは韓国がすでに約600万キロワットの開発計画を政府主導で進める。日本に進出予定のエクイノールも約100万キロワットの発電所を建設する予定だ。韓国は日本と同じく造船業が盛んだ。浮体式開発で政府が主導となり導入をすすめることで、欧州などの事業者が韓国の造船所を軸に供給網をつくるようになれば、日本の浮体式での優位が揺らぐ。
(柘植衛)
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